あいつはきっと自分の誕生日なんか忘れてるぜ。

 笑いながら肩を竦めたウソップの言葉を裏付けるように。
 あと1時間もすれば日付が変わるというのに、あいつは何時もと全く変わりが無くて。

 
だったら完全なサプライズにしようと話し合った俺達は、顔を見合わせて笑いあったんだ。





可愛い君と可愛い我が儘





「・・・・・はよ」
「おー!おはよう、ゾロ!今日は早起きだなぁ」
「あー・・・・なんか、目が覚めて」

 
珍しく朝食の時間に起き出して来たゾロは、クルーたちの挨拶を適当に返しながらのそのそと俺の傍までやってきた。万年欠食船長が暴れだす前に朝食を作らなければならない俺は一瞬たりとも手を休める事が出来ない。手元から視線を外さずにゾロに「おはよう」と挨拶を送る。

 
えーっと後はハムと卵を焼いて、サラダ菜を盛り付けて、ああどうせ遅いと思っていたから別にしていたゾロの分も作らないと。
 
そこまで考えてから、俺は僅かな違和感を覚えてふと首を傾げた。

 
・・・・・俺の、傍?テーブルじゃなくて?

 
違和感の正体に思い至ったと同時に袖をくい、と引かれて振り返る。
 
思いの外近くにあったゾロの瞳とぶつかって、軽く仰け反りそうになる。ついでにひとつの言葉が口から飛び出そうと暴れるのを必死で押さえて、俺は努めて平静に笑いかけた。

「お前の分もすぐ作ってやっから。座って待ってな」

 一瞬ゾロが不満そうに眉を顰めたのは気のせいだっただろうか。
 
するりと離された袖口に若干の寂しさを覚えて、思わず自分の席に向かうゾロの背中を見送る。しかし朝のキッチンという戦場で動きを止めるのはかなりの危険行為だ。響き渡った船長の腹音に慌てて、俺は再び(ルフィが暴れだすまでの)時間との戦いに身を投じたのだった。











「相変わらず良く食う奴らだなー」
 
無事に朝食の時間を終了させ、嬉しさ半分呆れ半分のため息を零しつつ戦いの残骸を片付ける。食べ終わると同時にラウンジを飛び出して行った奴らはそれぞれに贈り物を準備するだろう。
 俺も夜のパーティに向けての仕込みを始めなくてはならない。何といっても大切な大切な恋人の誕生日だ。

「贈り物が料理と酒なんて何のひねりもないけどな・・・」

 
せめて祝いの言葉位一番に贈ってやりたかったけれども、サプライズという事で抜け駆けは許されない。
 その代わりに、余り顔に出さないゾロを念入りに観察して仕入れた知識で、あいつ好みの最高の料理を作ってやろう。
 気合一発。銜えた煙草を揉み消して腕捲りする。その時扉が開いて、正に今俺の脳内を占めていた人物が姿を現した。

「お、おう!ゾロ、どした?」
「・・・・・・・・いや」

 
変にうわずった声になってしまった俺にずかずかと近付いてきて顔を覗き込む。不審に思っているのか細められた目に薄く開いた口。これで頬が染まっていたら正にアノ時の表情と同じでああもう襲うぞコラ。

 
いやいやそうじゃなくて、このままだと今は言ってはいけない言葉を口走ってしまいそうだ。それに主役がここに居たんじゃ料理の準備も出来ねぇし。

「何だよ。さっき飯食ったばっかりだろ?飲み物なら後で持って行ってやるから」
「・・・・ここに居るなってか?」

 
そう言う訳じゃねぇけど!!むしろ今日でさえなければ何時間でも居てくれよ!ってななもんだけど!

「あー・・・今からちょっと思いついたレシピ纏めたくてさ。集中してェから。お前の鍛錬と一緒」
「そうか。・・・・分かった」

 
おや聞き分けのいい。まぁ此処で駄々こねるようなゾロは想像出来ねぇけど。

 
けれどあっさりと背を向けた筈のゾロの背中が何故か寂しそうに見えて、腕を伸ばして引き止める。
 それはやっぱり俺の気のせいだった様で振り向いたゾロはいつもと変わらない飄々とした表情をしていた。
「?何だよ?」
「あー・・・えっと・・・」
 
寂しそうに見えました、なんて言ったら殴られるんだろうなぁ。かと言って何となくって答えても殴られそうだ。
 逡巡の末、俺はゾロに軽く口付けた。軽く目を見張るゾロに苦し紛れの笑みを投げかけて手を離す。
「完成したら一番に味見頼むから」
「はっ。毒見かよ?」
 
憎たらしく鼻で笑って(そんな顔が好きだったりもするんだけど)ゾロはそのままラウンジを出て行った。

 
気付かれたかな?アイツ鈍いようで鋭いしなぁ。しかし鋭いようでいて鈍くもある奴だ。
 気付かれなかった可能性に賭けて、俺は今度こそ気合を入れてキッチンに向かった。


 
ゾロが自分から傍にやってくるという極めて珍しい現象がこの後も起こるなんてこと、この時の俺は想像もしていなかったんだ。







 
料理の合間に飾り付けを担当しているウソップの手伝いに行こうと甲板に出ると、「何処に行くんだ?」と首を傾げつつ寄って来る。
(トイレと誤魔化して3分後にはキッチンに戻った)


 
ナミさん達にパーティーの段取りの確認に行こうとすると「レシピ、終わったのか?」と少しだけ笑って手招きされる。
(気分転換ということで5分程ストレッチをしてからキッチンに戻った)


 
ルフィとチョッパーが真面目にプレゼントの準備をしているか見に行こうとしたら「まだか?」と上目遣いで見つめられる。
(試作品の為の調味料が切れたと言って食料庫に向かい1分後にはキッチンに戻った)







「な・・・なんで今日に限って・・・・!」
 
右手には食料庫から持ち出したオリーブオイルの瓶を握り締めて(ちなみにキッチンには開封して間もない瓶が既にある)俺はがっくりと肩を落とした。

 
何時もは自分からやって来る事などないゾロ。今日だけで何度貴重なチャンスをふいにしただろう。内心血の涙を流しながらも、夕方近くになるとゾロの為だけの料理の数々は完成も間近になっていた。
 
取り敢えずはばれずにパーティーまで持ち込めそうだ。これが終わったら思う存分ゾロを構おう。
 料理と酒なんてありきたりな贈り物だけど、愛情なら誰にも負けないくらい込められているのだから。

 
その時を思って、少しだけ浮上した気持ちでにんまりと笑った俺は最後の仕上げに取り掛かった。















「「「「誕生日おめでとう!!ゾロ!!」」」」


 
日も完全に落ちた頃、こっそりとラウンジに集まって飾り付けを終わらせた俺達は、チョッパーがゾロを連れてくるのを息を潜めて待つ。そして扉が開くと同時に、派手なクラッカー音と共に揃って祝いの言葉を叫んだ。
 ああ・・・本当は一番に言いたかったんだが、ここは我慢、だ。

 
一瞬目を丸くしたゾロに皆が笑う。「ほら!やっぱりな!」と得意そうに(文字通り)鼻を高くしたウソップが主役の手を引き、宴が始まる。

 
我先にと贈り物を差し出すクルー達に嬉しそうに、そして少しだけ擽ったそうに笑顔を返すゾロ。気付けばゾロの腕の中は贈られた物で一杯になっていた。

「俺からは今日の料理と、これ。ありきたりで悪ぃけど、奮発したんだぜ?」

 
給仕の合間にゾロへと近付き空のグラスを渡す。片眉を持ち上げて振り仰いできた奴に軽くウインクして後ろ手に隠していた酒を注いでやる。グラスを掲げてから口をつけたゾロは「へえ」と小さく呟いた。
「美味いだろ?絶対お前好みだと思ってさ。料理も。お前の好きなモンばっかりだろ?」
 
そう言った俺はこの時、自分にもあの笑顔を向けてくれると信じていた。
 
けれどゾロは黙って頷いただけで、口にしたのは別の言葉。

「・・・・これ全部、朝から作っていたのか?」
「へ?ああ・・・・うん、そう。美味い?」
「・・・・・ああ」

 
それっきりゾロは口を閉ざしてしまう。その様は何処となく不機嫌そうでもあった。拍子抜けした俺はゾロの隣に座って更に話しかけようとしたが、コックという立場がそれを許さない。結局、あちらこちらと立ち回りながら隙を見て傍に行く事しか出来なかった。



 
そして何度話しかけても、俺に対してのゾロの態度が変わる事は無かった。



 
漸く全員が満足して宴がお開きになったのは、今日も後1時間を残すばかりになった頃。
 
最後まで残っていたのは次々と部屋に戻っていくのを見送りながら後片付けをする俺と、ちびちびと酒を飲み続けているゾロ。
 
その間にも何度か話しかけてみるものの、他の奴等には笑顔で返すゾロは俺にだけ相変わらず素っ気無い。というか、明らかに不機嫌になっていく。
 
暫くは我慢していた俺だったが、結局仕事の終了と同時にブチ切れてしまった。


「だーもう!何でどんどん不機嫌になっていくんだよ!」


 
とうとう大声を上げた俺に、ゾロは負けじと青筋を立てて怒鳴り返してきた。


「てめーがわりぃんだろうが!」
「はぁ!?おめーの誕生日だから精一杯祝おうとだな!腕によりをかけたってのに!」
「だから、それだ!」


 
何時もの様にすわ乱闘か、といった所で飛び出したゾロの発言に思わず首を傾げる。
 
それ?「それ」って。


「・・・・・・・・・どれ?」


 
本気で分からん。
 
頭上に飛び交うクエスチョンマーク。自分で言うのもなんだが、きっと今の俺の眉も時々ゾロが言う様に「クエスチョン」になっているんじゃないかと思う。(ああ本当に自分で言うもんじゃない)
 
そんな俺の様子を見て思いっきり顔を顰めたゾロは、けれどほんの少しだけ頬を染めた。


「誕生日って美味い料理を食う日じゃなくて何でも我が儘言って良い日なんだろう?」

「わがまま?皆に祝ってもらう日じゃなくて我が儘言っていい日?」


 
未だに事態に付いて行けていない俺を真っ直ぐに見詰めて頷く。
 
その瞳を見返しながら昼間の出来事を思い出す。珍しく何かと俺の傍に寄って来ていたゾロ。


「あれが、お前の我が儘・・・?」



 
この時になって漸く、ゾロが俺に構って貰えなくて拗ねていたんだと気付いた。



「ちょ・・・!!」
 
何!?何だこのクソ可愛い生き物は!!さすが天然記念物。可愛らしさも記念物並みか!
 
俺が全部理解したと分かったのか、更に頬を染めて俯く様なんて何処の天使かと・・・!



 
軽く錯乱して(あくまで軽く、な)ポケットから取り出して銜えようとしていた煙草を放り出す。ゾロの腕を取ってソファに向かい、自分の足の間にゾロを座らせる。突然の行動に驚いた顔をしたゾロだったが、最後は大人しくその場所に落ち着いた。
 
首筋に顔を埋めて息を吸い込む。いつものゾロの匂いが鼻腔に流れ込み、顔が緩むのを押さえ切れなかった。

「ごめんな?後1時間しかないけど。お前の言うことなんでも聞くから」

 
耳元に口を寄せて囁くと、ゾロは俺の胸に背中を預け腕を取り腰に回させた。誘われるがままに抱き締める。再び顔を埋めた肩が軽く揺れて、微かに笑い声が聞こえた。

「じゃあ日付が変わるまでこうやってろ」
「え・・・?ちょ、ゾロさん。このままで?俺的に色々辛いものがあるんですけど?」

 
予想外の言葉に思わず顔を上げて自分でも情けない位に焦った声音で呟く。
 
するとぐるりと振り向いたゾロは、口元に人の悪い笑みを浮かべた。



「何でもいう事聞いてくれるんだろ?た・ん・じょ・う・び」



 
そう言って前を向いて凭れかかったゾロの呼吸が緩やかで規則的なものに変わる。まさか本気でこのまま一時間過ごす気か?
 俺の大事なコイビトは天使で小悪魔でした・・・なんてシャレにもなんねぇよ。

「・・・・・・コノヤロウ・・・・・日付が変わったら覚えてろ・・・」

 
しかし今の俺に出来る事は、悔し紛れの台詞を吐き出す事だけだった。





        Happy birthday ZORO! Visit you ..a lot of happiness...





「・・・・・・キスくらいならいいかな・・・・・?」

 
ぐき!
 いや、首捻られたら痛ぇし。

「このままだっつったろ」
「へーへー」
「・・・・・・・・続きは『明日』な」
「・・・・・・・!!仰せのままにv」


 そして終わる最上の1日と。
 やがて来る最高の日常。




 
2008年ゾロ誕!
矢張りゾロスキーとしては気合を入れねばなるまいと、絵版でのカウントダウンとお祝い小説と言う企画と相成りました。
そして気合と愛情が空回りです、よ・・・。

可愛いゾロは難しい。
格好良いゾロも難しい。
愛情が大きいだけにゾロを書くのはとても難しいです。

兎にも角にも、誕生日おめでとう!ゾロ!
妥協と言う言葉を知らない君は、何処までも真っ直ぐで見ている此方も辛い時があるけれど。
それこそが君だと思うから、君は君のまま進んで下さい。
(’08.11.11)

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