欲しいものは何かと聞かれても、すぐには答えられない。

 だって。

 本当に欲しいものはいつだって、何も言わなくても貴方達がくれているから。




幸せな時間。幸せな言葉。泣き出したい程の、喜び。




「それじゃあ・・・お金をくれるかしら?自分で買って来たいの」
「え?ん〜・・・・ロビンがそれでいいなら別に構わないけど・・・・」
 私の返答にナミは不満そうに頷いた。

 それはそうよね。「誕生日に何が欲しい?」って聞いて「自分で買うからお金をくれ」なんて言われたら、私だってがっかりするわ。
 だけど仕方ないのよ。何もいらないって答えても貴方達は納得しないでしょう?だったらこう言うしかないもの。私が欲しいものはお金では買えないの。だから貴方達に買ってもらうのは違うのよ。
 
ただ、私が自分で買ってくる事で私の欲しいものも手に入る。本当はね、買って来なくてもきっと手に入るのだけど、その方がもっと嬉しいと思うから。
「・・・・ごめんなさいね?」
「あ、ううん!いいの。その代わり、パーティーは盛大に開かせてもらうからね!」
「ええ。楽しみにしているわ」

 謝る私にナミは慌てて首を振って許してくれた。他の人達も少しだけ不満そうだったけれど、最後には私のしたい様にすればいいと苦笑いを浮かべていた。
 申し訳ない気もしたけれど、私の誕生日だもの。ちょっとだけ我が儘を言っても良いわよね?



それじゃ行ってくるわね」
「うん!いってらっしゃい。夕方までは戻ってきちゃ駄目だからねー!」

 船を降りた私に、ナミが悪戯っぽい光を瞳に湛えて送り出してくれる。夕方まで、というのはそれまでにパーティーの飾り付けをするためらしい。
 
これ位は驚かせたい、だからそれまでは帰ってくるな。指を突きつけて宣言した彼等に、それを私に言ったら驚かせる事にはならないんじゃないのかしら、なんて思ったりもしたけれど、気持ちは有難く受け取っておくことにして口には出さなかった。それに、言われなくてもそれくらいの時間は掛かってしまいそうだったし。私が見えなくなったらすぐに準備に取り掛かるのだろう彼らを思って、少しだけ笑う。
 
さて。私も私の為の準備を始めましょうか。

 希望した額よりも少し多めに入っているだろう財布を手にして、私はのんびりと街に向かって歩き出した。





「・・・・・どれが良いのかしら・・・・・・」

 そして私の準備はいきなり暗礁に乗り上げてしまった。




 買いたいものは決まっている。決まっているのだけれど、決まっていない。
 正確に言えば、買いたいものの方向性は決まっているのだけれど、具体的に何を買えば良いかが決まっていないのだ。
「意外と難しいものね・・・・」
 色々な店を回ってもこれといったものが無く、小さく溜息をつく。散々歩き回ったおかげで足は棒の様だ。考え込み過ぎて少しだけこめかみが痛む。お昼なんてとっくに過ぎて、後数時間で日も落ちてしまうだろう。
 少しだけ休憩しよう。手近な喫茶店に入って紅茶を注文する。手際は良いけれど些か愛想の無い店主が運んできた紅茶は、予想に反して良い香りがした。
 ほっとする香りに口元が緩むのを感じる。さっきまでの自分がどれだけ必死だったのかが知れて、内心苦笑した。
「でも、悪くない気分」
 そう。悪くない。確かに歩き回り過ぎて足は痛いけれど。考えるのにもちょっと疲れてしまっているけれど。こんな気分も悪くない。
 時間が差し迫っているのも忘れて、ボンヤリと窓の外を眺める。
 店の前の広場は、家路を急ぐ人で溢れていた。人ごみに押された子供がはぐれた母親を探して彷徨っている。くしゃくしゃに歪んだ顔が今にも泣き出しそうになった時、あわてて戻ってきた母親を見つけて瞬く間に笑顔に変わる。しっかりと手を繋ぎ、歩き出した親子を微笑ましく眺めていた時、私の視界に小さな露店が飛び込んできた。
 今の今迄気が付かなかったほどの小さな店。それでも何か惹かれるものを感じて、私は慌てて残った紅茶を飲み干して目的の場所へと向かった。




「何とか間に合ったわね・・・」
 飛び込んだ先で購入したものを大事に抱えながら、船に戻る道を足早に進む。
 日暮れまで後1時間。パーティーが始まるのはもう少ししてからだろうけれど、私の計画を実行する為には始まる前に船に辿り着かなければならない。

 息を切らして無事に船に辿り着いたのは、日暮れまで後30分と言った所。良かった。間に合った。数回深呼吸をして、息を整えながら船に上がる。ここから私の計画が始まる。

 そうね。多分、真っ先に言ってくれるのは女性に関しては何かと目聡いサンジ。

「あっ!ロビンちゃ〜ん!おかえり〜〜v」
「ええ。ただいま」

 ほらね。そして次は、ナミ。

「ロビン!おかえり!良い物買えた?」
「ただいま。おかげ様で」

 これも当たり。そうね、次は・・・・。

「おっ!ロビンだ〜!おかえり!」
「おかえりー!!なぁなぁ、何買って来たんだ?」
「おかえり!肉か!?」
「ふふ。ただいま。もう少し秘密よ」

 次々と上がる賑やかな声に笑顔で答える。

「おや、おかえりなさいロビンさん。楽しんでこられましたか?」
「おー戻ったか、ニコ・ロビン!おかえり」
「有難う。ただいま」

 賑やかなのか穏やかなのかよく分からない二人にも、ひっそりと笑ってみせる。

 ここまでは順調。
 残るは後一人だけれど、ここで待っていても無駄の様。多分彼はいつもの所でお昼寝中。邪魔するのは心苦しいけれど、今日は許してもらいましょう。
 一人ごちて私が向かったのは青い葉の生い茂る蜜柑畑。そっと枝を掻き分けて足を踏み入れると、葉の擦れる音で目を覚ましたのか、目的の人物が既に目を開いて私を見ていた。
 眠りを邪魔された彼は、やはりどこか不機嫌そうに見えた。真っ直ぐに引き結ばれた口に僅かに肩を落とす。
 これは・・・・ちょっと無理かしら。
 残念だけれど仕方が無い。謝罪して立ち去ろう。そう思って開いた私の口が目的の言葉を発する事は無かった。

「おう。・・・・・おかえり」

 低く呟かれた言葉は、確かに私の耳に届き。

「・・・・・ただいま」

 答える私の口元はきっと、気持ち悪いくらいに緩んでいる。
 怪訝そうに片眉を上げたゾロは、けれど深く追求せずにそのままちらりと空を見遣って「そろそろ時間だろ」と立ち上がる。
「そうね」
 頷いた私は酷く温かい気持ちを抱えて、彼の後を付いて食堂へと向かった。








「「「「誕生日おめでとう!ロビン!!」」」」

「有難う」

 派手に飾り付けられた室内。所狭しと並べられた豪華な料理。口々に述べられる祝いの言葉。
 そのどれもが、本当に嬉しかった。私の表情筋は緩みっぱなしで、一生分笑った気がする。

「そう言えば、今日何を買ったの?」

 飲み過ぎて顔を真っ赤に染めたナミが問い掛けてくる。(お酒には強いはずなのにね)
 ああ、と呟いて、私は今まで大事に仕舞い込んでいた袋を取り出した。
「これはね、皆に」
「え!?だって今日はロビンの誕生日でしょ?私達に贈り物を買ってきてどうするのよ!」
 驚きつつも眉を顰めるナミに笑って首を振る。
「私はね、もう貰ったから」
 意味が分からないといった風の彼等を一人一人見詰める。私の口は未だに緩んだままだ。



「街からこの船に戻った時に『お帰り』って。言ってもらったわ」



『おかえり』
 皆にとっては何の意味も無い普通の言葉かもしれない。
 
けれど私には、とても特別で大きな意味を持った言葉。

 ここが私の帰る場所だって。
 ここに帰ってきて良いんだって。

 そう、言って貰えているような気がするの。

 ずっと一人で生きてきた。
 これからも一人だと思ってた。

 だけど『おかえり』って。言ってもらえる事がどれだけ嬉しい事だか分かる?
 勿論、皆仲間だって事は分かってる。今更だって事も。
 それでも、言われる度に泣き出したいほど嬉しい気持ちになるから。
 皆が大好きで、そう思える自分が好きで、幸せな気持ちになれるから。
 だから、一人で出掛けたの。

「それに、贈り物を考えるってすごく温かい気持ちになるのね」

 少し・・・いえ、結構疲れるけど。
 言って肩を竦めた私に、ナミが泣き笑いのような表情で抱き付いてきた。
「馬鹿ね。ロビンって頭は良いくせに、時々すごく馬鹿よね」
「それって褒められてるのかしら。貶されてるのかしら」
 細い身体を抱き返して苦笑すると、「もう!ほんとに馬鹿よね」と更に強く抱き締められた。そんな私達を周囲の笑い声が包む。

 本当に。
 
温かくて、嬉しくて、幸せな日。





「それで?何を買ってきてくれたの?」
「え・・・・それは・・・・」

 さっきまでの泣き笑いも何処へやら。きらきらと瞳を輝かせるナミに私は袋の中身を思い出して口籠る。買った時はこれで良いと思ったのだけれど、よくよく考えるととんでもないものを購入してしまった気がする。
 彼女が期待するような内容ではないのだ。まして、周りの男性陣が喜ぶようなものでも。
「ごめんなさい。大したものでもないの。」
 おずおずと差し出した包みを、一同が取り囲んで開き始める。
 現れたのは、装飾品。と言っても、宝石等が付いているような立派なものではない。細い糸を幾重にも編み込んで幾何学的な模様を作り出しただけのものだ。
 ただあの露店を見つけた時、様々な色をしたこれに何故か惹かれて人数分購入してしまった。
 今時、幼い子供だってもっと気の利いたものを用意するだろうに。

「その・・・誰が何を喜ぶのかわからなくて」

 取り出されたそれをじっと見詰める皆に、何だか申し訳ない気がして小さく謝罪する。些か居心地の悪さを感じて視線を落とした私は、次に聞こえてきた声にほっとして息を吐いた。

「へぇ〜結構可愛い!」
「いろんな色があるんだなぁ〜」
「赤!赤は俺だぞ!」
「あー!じゃあ俺は水色―!」

 あっという間に騒がしくなった周りに、そろそろと視線を上げる。目の前ではそれぞれに気に入った色を手にしている皆の姿があった。
「これ、私達の色をイメージして買ってきたの?」
 オレンジを基調にしたものを腕に巻いてナミが笑う。ああ。やっぱり彼女にはその色が一番似合っている。
 こくりと頷くと彼女は一層嬉しそうに笑った。
「ありがとう!ロビン!」
 私こそ、有難う。こんなに温かな気持ちを教えてくれて。けれど、どこか情けなさを感じる自分も居る。

「駄目ね・・・私。皆が何を好きかもよく知らないなんて」

 独り言のつもりだった。
 自分の事ばかりで浮かれ過ぎていたのを戒める気持ちも込めて。

「別に良いんじゃねぇの」
「え」

 まさか返事が返ってくるとは思わずに、驚いて声の主を振り返る。いつの間に移動していたのだろう。そこには眠そうな顔のゾロが立っていた。
 
大きな欠伸をしながら、彼は言葉を続ける。

「俺だってわかんねぇよ。あいつらに何やったら喜ぶかなんてよ。けど、そんなんこれから知っていけば良いじゃねぇか。時間はたっぷりあるんだしよ。それに」


 ここはアンタの帰ってくる場所なんだろ?


 そう言って欠伸を収めた彼は、にやりと笑って腕を掲げてみせる。
 そこには、私が選んだ緑色の紐がしっかりと結ばれていた。



          Happy birthday ROBIN! Visit you ..a lot of happiness...



「あ。でもゾロには青い色の方が良かったかしら」
「は?青はクソコックの分なんだろ」
「ええ。だからサンジには緑を」
「・・・・?意味分かんねぇ」
「あらだって、自分の色より恋人の色の方が良くないかしら?」
「・・・・・・・・・・・!!!」





2009年ロビン誕でございます。
もうロビンちゃんがかなりの偽者です・・・・orz
そしてロビンが買ってみたものはミサンガですよ。むか〜し流行りましたよね?
今でもあるのかしら・・・・。

「おかえり」が好きなのは私です。本当に嬉しい言葉だと思うんですよ。
帰ってくる場所ってだけじゃなくて、言ってくれた人が自分の事を待っててくれたんだなって思うと幸せな気持ちになります。
・・・・・・なりませんか?

兎にも角にもロビン、誕生日おめでとう!
なんとも冷静でツッコミどころ満載の貴女が大好きです(笑)
今まで一人だった分、皆と楽しく航海して下さいv

それでは最後まで読んで下さって有難うございました!
(’09.2.6)

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