『日付が変わるまでに俺を見つけたまえ。マリモ剣士君』
「・・・・・何だ、こりゃ」
見張りを除いた全員が寝静まった頃。アクアリウムバーを訪れたゾロは、ソファの上に置かれていた一枚の紙切れをつまみ上げ首を傾げた。
いつもなら其処にはこの船のコックが待っていて、簡単なつまみと酒とが準備されているはずだった。
そうして二人で他愛もない世間話をしながら酒を酌み交わす。昼間の二人しか知らないクルー達にとっては、想像する事も困難だろう穏やかな時間を過ごしていた。別に約束をした訳ではないが、それは既に二人の間で日課となっている。
しかし今、彼の姿は此処には無く、あるのは意味不明な文が書かれた紙切れ一枚のみ。
「ったく。いい年してかくれんぼか?」
呆れた様に呟いたゾロは、それなら今日は一人で良いかと棚から酒を取り出そうとした所で動きを止めた。
時々、妙に子供っぽい行動を見せる料理人。
その意固地さや子供っぽさが出る時は大概自分が絡んでいる事が多い、と不本意ながらもゾロは自覚していた。それこそ日常茶飯事となった喧嘩ではなくこういった行動に出たと言う事は、つまりサンジは怒っているのではなく何か拗ねているか、落ち込んでいるか、若しくは企んでいるか。それらの可能性の方が高い。
「・・・・俺、何かしたかねぇ?はぁ。面倒臭ぇなぁ・・・・」
がりがりと頭を掻き毟ったゾロは暫く何かを考え込んだ後、勢い良く立ち上がりバーを後にしたのだった。
放ってけば良いのに、つい相手の思惑通りに動いてしまう。喧嘩仲間と呼べば良いのか、それとも友人と位置付ければ良いのか。曖昧な立場の相手に興味が無いと言えば嘘になるだろう。
なんにせよ、こうして船内を探して回っている自分が些か滑稽に思えて、ゾロは肩を落とし苦笑するしかなかった。
「・・・・・・・後十分」
懐中時計の蓋を音を立てて閉めると、サンジはみかんの木に寄り掛かり紫煙を吐き出した。漂う煙を目で追いながら低く呟く。
「間に合わないのかねぇ、マリモ君は」
「誰が間に合わないって?」
背後からの声に驚いて振り向くと、其処には腕組をして何だか偉そうに仁王立ちになった剣士が居た。
「何だ。間に合っちゃったのか」
「おうよ。さっさとつまみ、作れよ」
嬉しいような残念なような笑みを浮かべたサンジに向かって鼻を鳴らす。スーツの端をはたいたサンジはさっさとキッチンに向かったゾロの後を追いかけ、隣に並んだ。
その様子をちらと横目で見遣り、ゾロが口を開く。
「大体なんだよ、あのガキくせぇメモは」
些か険を含んだ口調に、しかしサンジはへらりと口元を緩ませて上機嫌だった。
「楽しかったろ?」
「全然。つか、何の意味があるんだよ」
「ん。たまにはお前から俺を追いかけてもらいたかっただけ」
さらりと告げられた台詞にゾロの足が止まる。
まじまじと隣に立った男の顔を覗き込み、首を傾げた。
「なんだよ、それ」
「うん。何だろう」
返ってきた答えは何とも奇妙なもので。口にした男も本気で意味が分かっていない様子だった。
眉を寄せたゾロに軽く笑ったサンジがキッチンへと促す。
「まあまあ。取りあえずミッションクリアって事で。希望のつまみ、作ってやるよ」
「・・・・・・おう」
腑に落ちないながらも歩き出したゾロの背を眺めて煙草を揉み消したサンジは、僅かに口元を歪ませた。
「ホント、何なんだろうねぇ・・・・」
余りに小さいその呟きは瞬く間に夜風に散らされ、誰の耳にも届く事はなかった。
小さな任務を終了した二人の心は未だ不透明のまま。
吹いた風は、嵐になりきれず。
ただ静かに暗い海の向こう、見えない水平線の先へと吸い込まれていった。
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