「たまには楽してもいいんじゃない?」


 
純粋に気遣ってくれている言葉に、逆らえるはずも無く。
 
気付けば何故か、目下自分を最も悩ませている男と二人で買出しに出掛ける羽目になっていた。








「いいか、勝手に動き回るんじゃねぇぞ。見たい所があったならまず俺に言え。絶対に一人で行動すんじゃねぇぞ?」
 
買出しのリストを確認しながら噛んで含めるように告げたサンジに、眉間の皴を更に深くさせたゾロが頷く。果たして何処までその言葉が通じているのかはこの際気にしない事にする。

「約束、だぞ」
「ああ。約束だ」

 
約束。この言葉を口にしておけば、少なくとも今サンジが告げた内容だけは守られるはずだ。
 
妙に律儀なところがあるゾロは、何故か約束という単語に拘るし何を置いても守ろうとする。知っている部分と知らない部分を挙げろと言われたら、間違いなく知らない部分の方が多いだろうゾロという男の、大剣豪になるという野望と同じ位それは確定項として上げる事が出来る要素だった。

 
事実サンジが店内を物色している最中も、ゾロは興味無さ気に大欠伸をかましながらも必ず後ろに付いて待っていた。(流石に酒屋の前を通り過ぎた時は物言いたげな視線を寄越してきていたが。もちろん無視だ)
 
そうなると遠慮する必要のないこの男は格好の荷物持ちとなる。サンジは眼鏡に適った食材や香辛料等を買い込んでは、ずんずんとゾロの上に荷物を積み上げていった。




おい。クソコック」
 
手ぶらのままのサンジに、後一つでへの字に結ばれた口元が隠れるという所まで荷物を積み上げられた辺りで、黙々と役目を果たしていたゾロが初めて口を開いた。
 
ん?と振り返るサンジに動かせない手の代わりに視線で一本の路地を示す。
「あそこに行きてぇ」
 
ゾロが示したのは大の大人が3人並んで歩ける程度の広さはあるものの、置かれているのはゴミ箱や積み上げられた木箱で店などあろう筈も無い薄暗い裏道だった。
 
追って視線を向けたサンジがむむ、と不機嫌そうに特徴的な眉を顰める。
「何人?」
「四・・・いや、五人」
「あっそ」
 
仕方なく差し出したサンジの両手に荷物を全部移し、にやりと笑ったゾロは軽く肩を慣らして路地へと足を向けた。その後ろを小さく溜息を付いたサンジが付いて行く。

 
一旦入り口で立ち止まったゾロを通り越して更に三十歩。積み上げられた箱の横に荷物を置いて軽い掛け声と共に自らは箱の上に腰掛ける。積み上げられた木箱の一番上を陣取っていた野良猫が抗議の声を上げて飛び降り、路地の奥へと走り去って行ったのを見送ってから取り出した煙草を銜えて火を点ける。


 
一、二、三、四、五。


 
横目でゾロの歩数を数えながら、ゆっくりと肺の中に紫煙を取り込む。


 
六、七、八、九、十。

 
 
そして再びゆっくりと吐き出す。


 
肺の中の空気を全て吐き出し終えたところで、ばたばたと騒がしい足音を立てて近付いてきた数人の人物が路地に影を落とした。
 
ゾロの言葉通り乱入してきたのは五人。大通りを背に立つ五人の顔はサンジからは逆光で見えない。背中に背負った光と地に落とされた影が対照的で、これから訪れる悲劇を象徴しているかのようだった。もちろん、この場合の悲劇にサンジとゾロは関係ない。

 
至極詰まらなさそうに、サンジは両手を足の間に付き口で煙草を上下に揺らしながら肩を竦める。

「俺だけでもいいけど」
「アホ。刀を持っているなら俺の相手だろうが」
「つまんねーの」

 
確かに男達は皆、大刀を手にしている。
 
唇を尖らせて細く紫煙を吐き出すサンジとそれを呆れたように見遣るゾロ。余りの緊張感の無さに青筋を立てた男達が大声で名乗りを上げたが、二人の興味を誘う事は出来なかった。

「んで、どんだけ?」
「そうだな・・・。その煙草一本分」
「もう半分吸っちまったよ?」
「十分だ」
「あっそ」

 
再び肩を竦めたサンジが煙草の灰を落とすと同時に、とうとう我慢出来なくなった男達が怒声を上げて襲い掛かってきた。


 
振り下ろされる大刀を右手の刀で受け止める。
 すれ違いざまに左手の刀で薙ぎ払う。そのまま反転して背後から襲い掛かってきた刃を弾き飛ばす。
 たたらを踏んだ相手を柄で殴り倒し、また別の方向から襲ってきた銀光を軽く仰け反ってかわす。そして迷う事無く刀を一閃させる。

 
一度も立ち止まらず、流れるようなゾロの動きは剣舞と見紛う程だったが、相変わらずサンジは詰まらなさそうな表情のまま欠伸をするばかりだった。
「あー・・・クソつまんねぇ」
 
三度目の欠伸で目尻に溜まった涙を拭い呟く。
 
ゾロが手にしている刀は二本。残りの一本は鞘に納まったままで、黒のバンダナも腕から外される事は無い。つまりゾロにとってもこれは戦闘とも呼べない只の戯れの様なものだという事だ。
 
吸い込んだ紫煙は、四度目の欠伸で肺まで取り込む事が出来ずに空しく宙に散っていった。


 
そう言えば、今までゾロが戦う場面を見てつまらないと思ったことはなかった。そういう時は自分も戦っていてそんな感想を抱く余裕がなかったのもあるが、それでも並んで戦った数少ない場面で密かにゾロの動きに感心した事もあったように思う。
 
そこまで考えて、ふとサンジは自分がゾロの刀を口に銜えたまま器用に笑ってみせる悪人臭い顔や、バンダナの影の奥で鋭く光る瞳や、全身筋肉を撓らせ繰り出される剣技が結構気に入っていたんじゃないかと思い至った。


 
改めて目の前のゾロに視線を向ける。既に四人は地面に倒れ、残り一人の刀を受け止めた所だった。
 
明らかに相手の力量不足だ。受け止めるゾロの表情は自分と同じで酷く詰まらなさそうだった。それを見たサンジだって詰まらない気持ちは変わらない。

「ふぅん。そっか」

 
何がそうなのか、呟いたサンジ本人も良く分かっていない。それでも何か小さな答えを見つけた様な気がした。
 
随分短くなった煙草の最後の一息を吸い込む。




「おい、クソコック!」




 
突然名前を呼ばれ「は?」と間抜けな声を上げたサンジの目の前に、ゾロに突き飛ばされた男が転がってきた。

「やる」

 
言葉通りにゾロはさっさと刀を鞘に仕舞ってしまっていた。揉み消した煙草を投げ捨て木箱の上から飛び降りたサンジが足元の男を見下ろす。

「あ。くれんの?」

 
淡々としたサンジの言葉に、顔色を失った男は必死に立ち上がり奇声を上げながら大刀を振り上げた。右足の爪先で地面を叩き、がら空きになった男の腹部を渾身の力を込めて蹴り飛ばす。派手な音を立てて道端のゴミ箱に突っ込んだ男は、ぐうと呻いた後そのまま動かなくなった。

 
目が覚めた後、生ごみに塗れた己の姿に非常に悲しい気持ちになるだろうなぁと思いもしたが、そんなのはサンジの知ったことではない。
 
地面に置いていた荷物をゾロに手渡しながら恨みがましい目を向ける。

「つかお前さ、最後面倒臭くなっただけだろ」
「まさか。てめぇがあんまり詰まんなさそうだったから、譲ってやったんだろ」
「あー左様で。どりゃどーもアリガトウゴザイマスー」

 涼しい顔で言い放つゾロにおざなりな礼を返す。不思議と腹は立たなかった。




 
元通り、荷物を全てゾロの上に積み上げると、サンジは手ぶらのままで大通りに戻った。後ろからはゾロが黙って付いてくる。最初に二人で買出しなどどうなる事かと思ったが、予期せぬ闖入者のお陰で小さな答えを見つけることが出来た、様な気がする。

 
出掛ける前よりもほんの少し、自分の気持ちが軽くなっていることに気付いて、サンジは隠れて笑みを零した。
 
提案してくれた少女はまさかここまで予想していたのだろうか。完全に否定できない辺りがあの少女の恐ろしくも魅力的な部分だ。



「後は酒屋に寄ってから船に戻るか」
 振り向いて告げると、荷物の陰に隠れそうな口元が僅かに緩んだように見えた。

 料理に使うものの他に、この男が気に入っている米から作った酒と少女の好きな少し甘めのワインも仕入れていこう。
 密かに考えて、サンジは足取りも軽く一度は通り過ぎた店を目指したのだった。



お題12 愛護週間 でした。

何が愛護だったかって色々愛護されてるじゃないですか。サンジ。
本当言うとサンジに「あっそ」って言わせたかっただけです。2回言わせられて満足です(笑)
(’08.8.24)

戻る