「そう言えば今まで様子が変だったのは何だったんだ?」
あれほど恐れていた銃は、空砲だった。
ほっとすると同時に何となく拍子抜けした気もする。
まぁでもこれで良かったんだ。俺だって好き好んで打ち抜かれたいわけじゃないし。
呑気に鼻歌交じりで日常に戻った俺は、気付いていなかった。
と、言うか。知らなかったんだ。
まさか、命中するまでにやたらと時間が掛かる弾丸がある、なんてこと。
「・・・・・・・変、だったって?」
漸く調子を取り戻した俺は、以前と同じ様にゾロと酒を酌み交わす時間をとるようになっていた。その日も例の如くにちょっとしたつまみを作って、のそりと訪れたゾロを相手にくだらない会話を交わしていた。
そんな会話の合間にふとゾロが口にした疑問に疑問で返す。
意味を図り損ねた、わけじゃない。確かに自分でも呆れるくらい、あからさまに態度に出てしまっていた自覚はある。加えて、鈍そうに見えるくせにその実やたらと他人の変化に敏感な奴だってことも最近知った。
だからこそ、軽くかわせばそれ以上は追求しないでいてくれるんじゃないかと期待してもいたのだが。
「変だっただろ?やたら絡んでくるかと思えば次はこそこそ避けたりして」
デリカシーに欠けている事までは計算に入れてなかったぜこん畜生。
「そーだったっけ?」
努めて明るく返す。気付け、気付けよ?頼むから。
「そうだった。まぁ元が変じゃねぇとは言わないが、それよかもっと変だった」
・・・・・気付きゃしねぇよ。しかも何かさり気に失礼なこと言われたし。
ぴしりと眉間に血管が浮き出るのを自覚する。
実は喧嘩売ってんのか、コイツ。
そう思いもしたが、目の前のヤツは予想に反して、至極真面目な顔でこちらを見ていた。
割と目付きが鋭いコイツが真剣な表情をすると、迫力がある。有体に言えばキョーアクな面構えだ。ただ、そんな顔のくせに両手でグラスを抱えているのが、何となくアンバランスで少し笑える。
「・・・・・・ぷっ」
「んだよ」
思わず噴出してしまった俺に、むっとした様にゾロは顔を背けてしまった。
酷く子供じみた動作。普段、本当に同い年かと疑いたくなるこの男は、また別の意味でも同い年に見えない事が多々ある。
それに気付いたのも、ごく最近だ。正直悪い気はしない。
「あー悪い悪い。別に何でもー」
ヘラヘラと謝ってみたが、当然マリモ君のご機嫌は直らなかった。
仕方ない。ここは奴の疑問に答えてやろうか。ああ、俺ってなんて大人。
「んで、俺が変だったって話だっけ?」
引き戻した会話に、ゾロは黙って頷いた。
「そう、だな。確かに変だったかもしれねぇな。・・・・まぁ、俺だって色々思うところがあったわけよ」
ゾロを真似て両手でグラスを抱え込む。半分程にまで減った酒に浮いた氷が、からん、と音を立てて崩れる。手の平に伝わる、水滴を纏ったグラスの冷たさが心地良かった。
少し前の俺だったら、崩れた氷にすら自分を見立てて、居たたまれずにその場から逃げ出していただろう。
けれど、今は違う。
はっきりとはしないが何かの答えを掴んだような気がするし、何より、自分に向けられた銃に弾は込められていなかった。その安心感が僅かな余裕を生んでいた。
まさに自分に銃口を向けていた奴と、こうして話をする位には。
「思うところ?」
「そ。中身までは教えねぇよ」
「ふうん」
やたらと食い下がってきた割には淡白な返事。
多分コイツにとって俺が「何故」変だったかは関係ないんだろう。コイツが変と感じた、その「事実」が認められれば満足なんだ。
拍子抜けした反面、そんな大雑把で単純な所にほんの少し、安心したりもする。
だってよ。本当は「教えねぇ」んじゃねぇ。「教えられねぇ」んだ。
言えるかよ。
『君の強さが羨ましかったんです』
なんてさ。クソ恥ずかしい。
前だけを向いているつもりだった俺。
実は一歩も進めていなくて、でもその事に気付いていなくて、それを教えてくれやがったのはあの嵐の夜のコイツ。
俺が「変」になったのは、きっとあの日から。
迷わないコイツ。立ち止まらないコイツ。けれど差し伸べる手も持っている。
なんか、並んで歩いてるつもりだった俺が馬鹿みてぇじゃねえか。情けかけてるのかよって、いじけてみたりさ。一人で先に行っちまうのかよって淋しくなってみたりさ。ああ。ホント、馬鹿みてぇ。
けどさ、けど、何となく解った様な気がすんだよ。町でチンピラ共をやった時。
コイツと俺と、根っこは何もかわらねぇんだって。
妙にすっきりした。
それだけじゃ説明できない気持ちとか色々あんだけど、今はそれで良いんじゃねぇかなって思う。
咽喉に流し込んだ酒が美味い。それで良いじゃん?
「んー。もう一杯呑もうかな。お前は?」
「ああ。貰う」
軽くなったグラスを振って問い掛ける。予想通りの返答に軽く笑って、ぺたぺたと酒棚に向かった俺は、ふと意識の片隅に何かが引っかかって、肩越しに黙々とつまみを口に運ぶ男を振り返った。
別に笑っているわけではない。いつもより多く話すわけでもない。けれどどこか機嫌が良さそうに見える。
まぁ酒呑んでるわけだし?機嫌よくても普通ってゆーか、でも。
首を捻りながら、辿り着いた棚の前で酒を吟味する。さっきのが少し甘めのやつだったから、今度は辛口にしようか。彷徨う指先が一本の瓶に触れる。ああ、これこれ。
新しいグラスも手にとって、テーブルに戻る。氷はいらないだろう。これはストレートが一番美味い。
「ほい」
「ん、サンキュ」
差し出した俺と、受け取ったヤツの目が合う。
酷く久しぶりに見た気がする、翡翠色の瞳。瞬間、さっき何か変に感じた原因に気付く。
一人すっきりした気になっていた俺は、あっさりとそれを口にしたんだ。
後になって思い出す度に、自分の頭を思いっきり叩きたくなる様な事を。
「そういやお前、俺が変だったってばっかり言うけどさ。お前だって変だったよな?」
俺の問いに、かくりと首を左に倒す。たっぷり十数秒、そのままの姿勢で考え込んだヤツは、真顔のまま頷いた。
「ああ、そうだな。確かに俺も変だった。たぶん」
弾丸が放たれたのは、きっとあの嵐の夜。
銃声にビビって身を竦めていた俺は、弾が届かなかった事で、空砲だったと思い込んで立ち上がった。
知らなかったんだ。
命中するまでに、やたらと時間が掛かる弾丸がある、なんて事。
「たぶん、お前とこうやって飲めなかったのが、少し寂しかったんだろうな」
気付いた時はもう遅い。
避ける間も無く打ち抜かれた心臓は、乾いた音を立てて弾けてしまった。
弾けとんだ心臓の代わりに胸に収まった感情は、実は酷く馴染みのあるものだったけれど。
名前を付けることは、まだ出来ない。
・・・・・・・・・できるかっつうの!!!
お題13 ピストル でした。
もう久しぶり過ぎて話を忘れてしまいました、よ・・・・・。
なのでちょっと明るめに、一人称で。
・・・・にすると、サンジがどうにもこうにもお馬鹿な子になるのは何故でしょう。
兎にも角にも、浮いたと思った瞬間に突き落とされるサンジの受難は続きます(笑)
では、最後まで読んでくださって有難うございました!
(’09.4.7)
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