仲間。
 
ナカマ。
 なかま。

 なぁ、仲間って結局何なんだよ。





 何日か前にクソコックに「暗闇が怖くないんだって?」と聞かれた。
 
それ自体は大した質問でもなかったし、別段隠すような事でもなかったから素直に怖くないと答えた。
 そうしたら今度は何故怖くないのかを聞かれた。
 これだって特に隠しておきたいものでもない。だから答えた。
 今更闇に飲み込まれるような白い部分は持ってねぇからだ、と。

 それ以来クソコックの様子がおかしい。―――――――らしい。


 らしいと言うのは、何故かナミに小言を食らったからだ。
 曰く「アンタの無神経な言葉に振り回される人の身にもなってみなさい」

 訳わかんねぇ。何で俺のせいなんだよ。別の事で凹んでるだけかもしんねぇだろ。例えばその辺の女に振られたとか、振られたとか・・・・・振られたとか。ん?理由が一つしかねぇな。まぁいいや。それ位しか思いつかねぇし。すげぇ説得力あるだろ?

 そういったら今度は小言どころか拳骨を食らった。
 ・・・・・・イテェ。その細腕の何処からこんな威力が出てくるんだ。

 じんじんと痺れる頭を抱えて蹲った俺を見下ろして、さも呆れたように鼻を鳴らしたナミ曰く。
「いくら筋肉で出来てる脳味噌だって、学習能力ぐらいあっても罰は当たらないわよ」

 学習ってなんだよ。前にも同じ様な事なんて「あったでしょ」・・・・・かも。

「兎に角!気が合おうが合わなかろうが仲間なんだから。フォローしてやってよね」
 面倒くさい事この上ない命令が下っちまった。別に従う義務は無いんだが、ナミに逆らうと後々が更に面倒くさい事になる。
「・・・・・・・・・わかった」
 結局俺に出来たのは、渋々ながらもナミの言葉に頷く事だけだった。





 
さて。頷きはしたものの、一体何をどうやったものか。
 
大体、俺の言葉の何に凹んだってんだ?まずそこからして分からん。

 取り敢えず、この間の話に合わせて適当に声を掛けとくか?
『別に気にすんなよ』
 
・・・・・いや、言って気にならないようなら、そもそもこんな事にはならねぇし。
『本当は怖いんだぜ。ただつい強がっちまっただけで』
 ・・・・・駄目だ。嘘はつけねぇ。つか嘘でも、んな事言うのは嫌だ。


「あー・・・・面倒臭ぇなぁ・・・・・」


 早々に行き詰まり、四肢を投げ出して甲板に転がる。この所快晴が続いているせいか、身体を押し付けた床からは仄かな熱が伝わってきて、気持ち良い。
 今日はこのまま寝てしまおうか。徐々に下がってくる目蓋と、心地良い倦怠感を運んでくる睡魔に身を委ねようとした時、顔の上に影が差すのを感じた。


「ゾロが変な顔してる」
「ルフィ?」


 顎を持ち上げて頭上を見上げると、逆様の船長の顔が目に映った。
 しゃがみこんで俺の顔を覗き込むルフィは、口の両端を引き下げて、何とも奇妙な顔をしていた。
 お前の方がよっぽど変な顔してるぞ。そう言ってやるとむむ、と顔を顰めながら自分の頬を引っ張っている。放っておけば何時まででもそうしていそうなルフィを横目に、再び瞳を閉じる。ぱちんと音がしたのは、伸ばした頬を離した音だろうか。
 束の間流れる沈黙は、ルフィに立ち去る意思が無い事を示していた。

「・・・・・・・なぁ、ルフィ」
「ん?」

 呟けば直ぐに返ってくる声。少しだけ上擦っているのは、ルフィも空を見上げているのかもしれない。そろりと目蓋を持ち上げると、陽の光が目を射し、ルフィは思った通り同じ場所でしゃがみこんだまま空を見上げていた。


「仲間って何なんだよ。一緒に居る奴らってだけじゃ駄目なのか」
 こんなわけの分からないフォローとやらを入れなければならないようなもんなのか。

「別にそれでもいいかもしんねーけど。そうすっとビビは仲間じゃなくなっちまうよなぁ」

 抜ける様な青空。それ以外に取り立てて見る物も無い空を、二人で見上げたまま言葉を交わす。
 ルフィと話すのは楽だ。俺の言葉をそのまま受け止めて、流して。狂わされる事が無い。

「じゃあなんだよ。助けなきゃいけない奴らって事か?」
「ん〜〜。でも俺はゾロが自分でやるって言ったら助けないぞ?」
「わかんねーよ。じゃあどうだって言うんだ」
「俺はさ、お前等はお前等で自由であればいいと思ってる。ひとりで何とかしたいってんなら手はださねぇ。けど、逆に手伝って欲しいってんなら絶対に助けるぞ」

 こうやって、自分の真実だけを目の前に示してくる。
 ただ、ルフィにとっての真実であるこの言葉は、今の俺にとっては答えにはならない。
 見上げた空の青さが目に沁みた気がして、眉を寄せる。と、ちくりと刺す様な視線を感じた。
「ぐえっ!?」
 同時に、腹部に凄まじい衝撃を受けて堪らず呻く。
 じっとりと視線を下ろすと、俺の腹の上に飛び乗った当の犯人は、引き結んでいた口の端をにいっと吊り上げて見せた。


「仲間だから助けなきゃいけないとか、笑ってて欲しいとかじゃなくて、俺が笑ってて欲しくて、助けたいと思うんだ。んん・・・・そうだなぁ。大好きなやつらってことかな!」


 ああ、そりゃ確かにお前言いそうな内容だな。
 如何にも得意そうな声音に、怒る気すら失せる。失せた代わりに呆れにも似た気持ちが湧いて、細く息を吐く。

「んだよそれ。じゃあお前、世界中仲間だらけじゃねぇか」
「ししし!そうだな!」


 
それって最高だよな!と笑うルフィは、その背に広がる青が良く似合っていると思った。





 
結局、ルフィの言葉は今の状況を打破する直接の役には立たなかったが、ほんの少し、分かった事もある。
 そう、ただ真っ直ぐにぶつかっていけばいいんだ。
 これ以上ウジウジと考え続けるのは性に合わねぇ。思ったからには即行動。
「おいクソコック!」
「ああ?気安く呼ぶなマリモ剣士」
 ルフィと別れ、そのままの勢いでキッチンの扉を蹴破る。予想通り、酷く不機嫌な声が返ってきたが、構わずに踏み込んでクソコックの胸倉を掴み上げる。

「俺の言葉にいちいち反応すんのも勝手だけどな。俺は俺のやり方を変えるつもりはねぇ」

 額を突き付けて言い放つと、コックの顔が一気に険しくなり盛大に眉が顰められた。何か言い返そうとしたのだろうが、まずは俺の言い分を聞いてもらう。
 薄く開かれた奴の口が言葉を吐く前に、更に言い募る。




「だからテメェもテメェのやり方で黙って隣歩いてりゃいいんだよ!」




 ・・・・ん?何かちょっと違う言い方になった、か?
 そう思ったのは、間近にあるコックの目がこれ以上ない位に見開かれたのを見止めてからだった。
 青くなったり赤くなったりと何やら大変な様子だ。ぱくぱくと開閉される口に、何となく先生の家の庭にあった池に棲んでいた鯉のことを思い出した。

「・・・・・・って馬鹿か!!隣って何だよ!クソ恥ずかしい事言ってんじゃねぇよマリモのくせに!」

 漸く声を絞り出したコックに腕を振り払われて、我に返る。
 確かに何か馬鹿げた事を言ってしまった様な気がする。空っぽになった手を見下ろして、首を捻る俺を尻目に、崩れたネクタイを締め直したコックが鼻を鳴らして口元を歪めた。

 その小馬鹿にしたような笑いに、半端無くムカついた。

 やっぱりクソコックはいつものクソコックのようだったし、ムカつきもしたから取り敢えず一発殴ってみた。
 そこからはいつもの如く乱闘に発展して結局二人してナミに沈められた。







 
後日になってナミの奴に「やれば出来るじゃない」とか褒められた(のかからかわれたのか)けれど。
 ルフィにも「良かったな」とか言われたけれど。

 ムカついたし、最後にはナミに殴られるしで、クソコックに関して良い事なんてひとつもありゃしねぇよ。
 ただ、「仲間」ってモンが少しだけ分かったのは良かった、のかも知れない。知れないが、ルフィみたいになんて俺には無理すぎる。

 大体、ルフィの言葉を借りれば、俺があの男を好きって事になるじゃねぇか!





 とんでもない結論に痛む頭を抱えながら、俺は、やっぱり仲間の為のフォローなんて、つーかクソコックの為のフォローなんて二度とするもんか、と固く心に誓ったのだった。






お題15:「仲間」でした。

久々にゾロのターンって感じです。
そしてやっぱり大して悩まない男。それがゾロ。
船長さんを出してないなあと思って無理矢理詰め込んだのですが、これじゃあルゾロじゃないのかと思った事は秘密です。
そしてゾロの好きはまだサンジと同位置には立ってません。
いい加減サンジも、振り回されるだけの男から卒業しないと駄目だよ!

では最後まで読んで下さって有難うございました。


戻る