君の事が大切だから。 君の言葉を大事にしたい。 それですれ違う事だってあるよね? 僕にとっての君の言葉 帆船にとって凪は大敵だと、手は早いし口も回る、お金にも五月蝿いが何故か憎めない優秀な航海士がぼやいていた。 ただ、補給したばかりだし明日にもこの凪は収まるだろうから大事には至らないと、告げられた言葉に一番ほっとしたのは船長かもしれない。立ち往生を余儀なくされるのならば、当然食料も切り詰めなければならないのだから。 いつも通りに振舞われた食事に飛び付いた船長と、料理人の怒声。航海士の拳骨。賑やかな食卓。思い返してゾロは淡い笑みを浮かべた。 見張り台の上から見える海は波一つなく沈黙を守っている。身に纏った漆黒の鎧は天空の星明りを反射し、必死に夜空の姿を真似ようとしていた。 昼間はあんなにも空と混ざる事を拒んでいたというのに、今は抱き止め、溶け合い、境界線も定かではない。 風の音も波の音も聞こえない。眼前に広がる景色は空なのか海なのか。曖昧な感覚に何故か「寂しい」と、柄にも無い気持ちが飛来する。 けれど、それは嫌なものではなくて。 偶になら凪とやらも悪くないと、口にすれば細い腕から繰り出される強烈な鉄拳を食らう羽目になるだろう事を考える。 うん。これは自分の胸に仕舞っておこう。 ゾロが大きな欠伸と共に小さな決心をした時、ぎしりと何かが軋む音が響いた。 無音の中に在って、その小さな音ははっきりとゾロの耳に届く。確認せずとも分かる音の正体に閉じかけた瞳を抉じ開けて視線を向ける。 「よーす。起きてるかー?」 ひょいと覗いたのは白い皿に盛られた料理。続いてその下から金色の髪が現れる。片手は梯子に添えられ、もう片方の手には酒瓶とグラスが握られている。 危なげなく見張り台に降り立った姿に、いつもの事ながら器用な奴だと妙に感心しながら手渡されたグラスを受け取る。 「寝腐れ剣士が起きてるなんてなー。クソ驚きだぜ」 起きている事など初めから分かっていたくせに、そんな事を口にしながら機嫌よく笑ったサンジは、運んできたものを床に並べてゾロの隣に腰を下ろした。 ん、と差し出された酒瓶にグラスを向けると、こぽこぽと小気味良い音を立てて勢いよく注がれるワイン。ぎりぎりまで満たされた所で瓶を受け取り、相手のグラスにもなみなみと注いでやる。 ちびちびと舐めるサンジと一気に流し込むゾロ。しばしの間、無言の宴会が繰り広げられた。 「凪って、ほんとに静かなんだな、何処までが海で何処からが空かわかんねぇ」 ゾロのグラスに三杯目のワインを注いだ所で、ぼそりとサンジが呟く。 低い声音はきっと自分と同じ事を考えたんだろうと、察したゾロは微かに口元を緩めた。 「「でも、偶になら悪くねぇよな」」 ついさっき黙っておこうと決めたばかりの言葉を口にすると、全く同じタイミングで重なった声。そしてまた同時に相手を見遣り、同時に笑う。 悪くない。 そう、こんなのも悪くない。 グラス同士を軽くぶつけて、響いた透明な音に再び笑い合う。 「これで満月だったら完璧なんだけどなぁ」 片手を空に伸ばしたサンジの残念そうな声に空を見上げると、ちかちかと主張しあう星達の間に埋もれるようにして控えめな明かりを放つ、下方に大きくたわんだ月。 この不思議な雰囲気に気付かなかったが、確かに満月だったら酒のつまみにはもってこいだっただろう。 頷き目を細めて月を見上げるゾロの横顔を、な?とサンジが覗き込み軽く笑ってみせる。 「あーゆー月の呼び名、知ってるか?」 ついと立てた人差し指で月の形をなぞる。 右端から緩やかな曲線を描き左端に辿り着く。鋭利な角度で折り返した指先は再び曲線を描き出発点へと戻る。 その動きを目で追い、夜空が綺麗に切り取られた所で二人は同時に口を開いた。 「上弦の月」 「チェシャ猫の口」 それぞれの口から零れた異なる言葉に、夜特有の半透明な空気がぴしりとひび割れる音が響いた。 「「・・・・・・・・は?」」 ひび割れた空気の隙間から不穏な雰囲気が漏れ出て、周囲を漂い始める。 それまでの穏やかな会話は幻のように消え去り、交わす視線は徐々に険しいものへと変わっていく。 「何だよそれ。上弦の月?意味わかんねぇ」 「テメェだって猫の口って何だよ。ありゃ月だろうが」 「チェシャ猫!童話だよ!例えてるの!」 「俺のだって弓に例えてんじゃねぇか!」 「情緒ねぇな!武道オタク!」 「情緒ねぇのはそっちだろ!このメルヘンかぶれ!」 額を突き付け、何故かお互いムキになって言い争う。 とうとう言葉が尽きてそのままの姿勢でぎりぎりと睨み合っていた二人は、同時にぷいと顔を逸らした。 背中合わせに座りサンジはグラスを、ゾロは酒瓶を手に取り一気に飲み干す。背中から伝わる温もりに、口を拭い揃って舌打ちの音を立てる。 「「この意地っ張り・・・・!」」 二つの呼び名を付けられた月は天空と海面、二つの場所に姿を分ける。 一つは呆れた様に笑い、一つはゆらりと溜息を零し。 やがて来る夜明けまではと、漂う不穏な空気を浄化する為にその細い身から精一杯の輝きを放った。 そんな健気な月が再び姿を現したのは一ヵ月後。 あの日と違い、波打つ海面には己の分身を映す事は叶わず、薄い雲が広がる夜空に控えめに佇んでいた。 同じなのはその身を見上げている二人の姿。穏やかに会話を交わし、笑っている。 「あーゆー月の呼び名、知ってるか?」 同じ言葉に同じ動作。持ち上げられた指先は同じ様に夜空を切り取って。 微かに笑みを浮かべた二人は同時に口を開く。 「チェシャ猫の口」 「上弦の月」 零れたのはやはり同じ言葉。 ただ異なるのは。 「「・・・・・・・・は?」」 同じはずの言葉は、かの日とは違う口から発されていて。 ぎしぎしと軋んだ音を立てて首を廻し、互いを見る。 「お・・・まえ。上弦の月だって言ってたじゃん!!」 「テメェこそ猫の口だって・・・・!」 たちまち言い争いになって額を突き付けあう二人。 その光景を見下ろしゆらりと揺れた月は、付き合いきれないとばかりに雲の間に滑り込み、その身を隠してしまったのだった。 君の事が大切だから。 君の言葉を大事にしたい。 それですれ違う事だってあるよね? つまりは、そんな 話。 |
そんなわけで、拙宅も1万Hitを越える事が出来ました。 アンケートで1位のものが余りにもヘタレた結果となりましたので2位の「サンゾロほのぼの海賊」ですー! ほのぼのラブラブ目指しました。シチュエーションに目新しさが無いのは今更ですので気にしないで頂けると嬉しい。 こんな二人も好きです。お互い必死すぎて空回り(笑) えー。こんなものですが記念という事でフリー配布とさせて頂きます。 もしお気に召しましたらお嫁に貰ってやって下さいませ。 報告等は不要ですよ〜。 こんなサイトですが気に掛けて下さって有難うございますv これからも宜しくお願い致しますー! |