1cm


         後1cm。自分の身長が違ったら、見える世界が違って。

         今とは違う自分になれたのだろうか。


         CASE1:SANJI


        「ごっそさん」
        「おう。お粗末様」
         昼寝をしていたせいで、他のクルーより少し遅めの昼食を食べ終わったゾロが立ち上がる。
         正面に座り食べ終わるのを待っていた俺も、食器を片付ける為に席を立った。

         一瞬、視線が合う。

        「この後はまた甲板で光合成か、マリモン」
         聞いた俺に、いや、鍛錬だ。と短く答えたゾロが扉へ向かう。
        「1時間したら、ドリンク持って行ってやる」
         扉をくぐりぬける背中にそう声を掛けると、ゾロは黙ったまま手を上げて出て行った。

         カチャカチャと食器をシンクへと運ぶ。
         蛇口を捻り、流れ出した水が綺麗に食べ尽くされた皿の上を滑るのを見ながら、煙草に火を点ける。
         一息、煙を吐き出し腕まくりした俺は、銜え煙草のまま洗い物を開始した。


         俺の身長は177cm。ゾロとは1cm違う。
         別に向かい合った時、見上げなければならない差ではない。
         傍目には身長差なんて分からない程度だろう。

         けれど、俺には。酷く大きい差のように思えた。

         1cm高いゾロの視界には、どのような世界が映っているのだろう。
         果ての無い水平線の、その先まで見えているのかもしれない。
         だからあんなに我武者羅に、真っ直ぐに、迷い無く進んでいけるのかもしれない。

         後1cm。俺の身長が高かったら。
         
         目の前に事に迷い、戸惑い、足を止めそうになったりせずに。
         夢だけを追って、真っ直ぐに進んでいけたのだろうか。

         洗い終わった皿を並べ、水を止めて、ふと思い付く。
  
         布巾を手にし、皿の上で光る水滴を丁寧に拭き取りながら、ほんの少し踵を持ち上げる。
         軽く爪先立ちになった俺の身長は、1cm高くなっている筈で。

         けれど、1cm上に広がった視界に映る世界は今までと全く変わったところは無く。
         迷いと戸惑いに、溢れていた。

         踵を下ろし元の身長に戻った俺は、拭き終わった食器を棚に仕舞い、約束したドリンクの準備に取り掛かった。


         CASE2:ZORO


        
「ごっそさん」 
        「おう。お粗末様」
         寝過ごして食事の時間に遅れても、きちんと差し出される料理を食べ終わり、立ち上がる。
         その食器を片付けるのだろう。俺の正面に座って待っていたコックも席を立った。

         一瞬、視線が合う。

        「この後はまた甲板で光合成か、マリモン」
         問いかけに、鍛錬だと答え扉へ向かう。
        「1時間したら、ドリンク持って行ってやる」
         扉をくぐり抜ける背中に掛けられた声に、俺は軽く手を挙げて外へ出た。

         夏島の海域を進むGM号。
         大きく張った帆を押していく潮風は、爽やかな涼気を運んでくる。
         帆からあぶれた風が、俺の髪や頬を撫でていくのを感じながら後甲板へと足を向けた。
         食事の直後にあまり激しい運動は良くないと、船医から言われたのを思い出す。
         和道1本のみを握り、呼吸を整え、型をなぞる事から始めることにした。
         壁越しのキッチンから、微かに水の流れる音がした。

         俺の身長は178cm。コックとは1cm違う。
         別に向かい合った時、見下ろさなければならない差ではない。
         傍目には身長差なんて分からない程度だろう。

         けれど、俺には。酷く大きい差のように思えた。

         1cm低いコックの視界には、どのような世界が映っているのだろう。
         笑い、怒り、落ち込み、喜ぶ等色々と忙しいクルー達の様子が、全て見えているのかもしれない。
         だからあんなに優しく、力強く、周囲の人間へ手を差し伸べられるのかもしれない。

         後1cm。俺の身長が低かったら。

         高く、果てしない野望しか見えなくなったりせずに。
         周りのクルー達へ手を差し伸べ、守ることが出来たのだろうか。

         型をなぞる手を止め、ふと思い付く。

         抜き身の刀もそのままに後甲板の端へ歩み寄り、背を手摺りに預けてほんの少し身体を沈めた。
         寄りかかった俺の身長は、1cm低くなっている筈で。

         けれど、1cm下に広がった視界に映る世界は今までと全く変わったところは無く。
         果てしない野望しか、見えなかった。

         寄り掛かった背を離し元の身長に戻った俺は、刀を握り直し、再び型をなぞり始めた。


         CASE3:二人


         後1cm。自分の身長が違っても、見える世界は同じで。

         今まで通りの自分しかいなかった。


         けれど、それで良いとも思う。
         自分に見えないものを相手が見ていて、相手に見えないものを自分が見ている。
         それはつまり、2人で居れば全てが見えているという事。

         そんな最高の相手を手に入れた自分を、誇らしくも思う。


         後1時間。
         その時自分の視界に鮮やかに映る相手に、どんな愛の言葉を投げつけてやろうか。


                                               

                                                              END
  
        


             2人の身長差が1cmってどんな萌え設定だ!!
               とかいう腐った想いで書き上げた話(笑
               やっぱりね、お互い認め合ってると思います。
               サンジは色々迷ってると良い。
               ゾロは前しか見えてない事に気付きつつ、変えられないと良い。
               そんな友情話にしようと思ったのに、やっぱり最後はサンゾロになるという・・・。
               どんだけサンゾロ好きなんだ。自分・・・。

               では、最後まで読んでくださって有難うございました!

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