恋愛バトル 本来なら衛生的でなければならないキッチン。其処は今、白い煙が充満しほろ苦い香りが清涼な空気を排斥しつつあった。 カウンターに置かれた灰皿には絶妙なバランスで大量の吸殻が積み上げられている。その様を興味深そうに見つめていたチョッパーは、更に一本追加された吸殻が山を崩すことなくぴったりと収まった事に、おおお、と感嘆の声をあげた。 しかし間を空ける事無く響いたライターの音に、本職を思い出し口を開く。 「サンジ・・・。あんまり吸いすぎると身体によくないよ・・・?」 料理に影響するかもしれないし。 おずおずと告げられた言葉は、残念ながら鋭い一瞥に粉砕されてしまった。 びくりとしながらも果敢に視線を合わせてくる船医に、サンジはにやりと笑って見せる。 「・・・・そろそろ食べ頃だよな・・・・。俺、結構得意なんだぜ?トナカイ料理」 今度こそチョッパーは青褪め、大きな瞳を潤ませた。カウンターの椅子から飛び降り、じりじりと後ずさる。十分に距離をとったと見て、きっとサンジを睨みつけたチョッパーは。 「うわーん!サンジがコックから副流煙製造機に転職しちゃったー!!」 と、天然なのか嫌味なのか、微妙な台詞を吐きながらキッチンから飛び出して行った。 「あっこの・・・!クソトナカイ!」 何だかやられた感満載で、がっくりとカウンターに手を付く。その振動で積み上げられていた吸殻の山がバラバラと崩れ落ちた。 その様を恨めしそうに見遣り布巾へと手を伸ばしたサンジは、ほとんど無意識に掃除をしながら大きく溜息を付いた。 「何であんな事言っちゃったんだろう。別に深い意味は無かったのに・・・」 それは昨夜の事。久しぶりに愛しい恋人を抱いて、幸せ一杯だった。 自分の腕の中に在る大切な大切な恋人。 事後の余韻の為か、しっとりと汗ばんだ身体にほんのりと染まった頬。僅かに潤んだ瞳。吸い寄せられるように髪に、頬に、首筋に唇と落とすと、擽ったそうに目を細めてふわりと笑う。 それはもう下半身直撃な笑顔で。耐え切れずに深く唇を合わせ舌を絡める。 「・・・・・ん・・・・・ふっ・・・・」 甘く漏れる吐息も、縋る様に回された腕も可愛くて、愛しすぎて。力一杯抱き締め、耳元に唇を寄せた。 「未来の大剣豪サマも、ラブコックのキスには敵わねぇみてぇだな?」 しかし軽い気持ちで囁いたサンジの言葉は、ゾロの表情を途端に険しく不機嫌なのものへと変えてしまった。 「んだよ。俺がお前に負けるってのか?」 「は?んな事言ってねぇだろ?」 適当に返し、続きをしようとするサンジを押しのけたゾロの眉はきつく寄せられていた。 「言った。お前のキスには敵わないって」 「あー。だってお前、いっつもとろとろになるじゃん」 「・・・・・!!なってねぇ!」 「なってる!!」 せっかくの愛しい時間の後にこんな喧嘩をしたかった訳ではない。 訳ではないが、生来の負けず嫌いに火が付いた二人の口論は、ますます激化していった。 「大体なぁ!キスするのはいっつも俺からだろ!お前からしたことねぇじゃん!」 「そっ・・・れは・・・!」 「それってさぁ、テクニックに自信が無ぇからじゃねぇの?」 「・・・・・!」 へっとばかりに鼻で笑ったサンジを無言で睨みつけたゾロは、きつく握り締めた拳を床へと叩きつけた後、散らばった衣類を手に憤然とその場を後にしたのだった。 それ以来、ゾロはサンジと会話する事はおろか視線すら合わせてはくれない。 「俺のクソ馬鹿野郎・・・・」 何時の間に洗ったのか自分でも気付かないまま綺麗になった灰皿をカウンターへと戻しながら、再度大きな溜息を付く。 「あー・・・幸せが逃げる」 今し方吐き出した溜息を掻き集めようと手を伸ばす。そんな自分がちょっぴりカワイソウな人に思えて苦笑したその時、勢い良く正面の扉が開いた。 「おい!クソコック!」 「ゾ、ゾロ?」 現れたのは昨夜から近寄りもしてくれなかった恋人だった。 避けられていた事に怒れば良いのか、ようやく声を掛けてくれた事に喜べば良いのか。複雑な心境で曖昧な笑みを浮かべたサンジに構わずつかつかと歩み寄ったゾロは、びしっと指を突きつけ声高に告げた。 「勝負しろ!!」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」 ゾロの言い分は、つまりはこうだった。 コックのキスに翻弄されているわけではない→コックがそれを認めないのは自分からキスをしていないから→だったら自分からキスをしてコックがメロメロになったら自分の勝ち。 なんとも微妙な三段論法。 昨夜から今まで視線も合わせてくれなかったのは、怒っていた訳ではなくそれを考えていたらしい。 (いや、その前に・・・!何でこう勝負に持ち込むかね、マリモ君・・・・!) がっくりと脱力しながらも、そんな彼が可愛すぎるとゾロ病末期の料理人は頬を緩ませる。なんにせよ、ゾロからのキスなんて貴重だ。断る理由は何処にも見当たらなかった。 「おっし。その勝負、受けようじゃないか」 「うし!お前の腰が砕けたら負けだからな?」 「ふふん。上等だ」 ゾロのキスに反応して襲ってしまう可能性は十分すぎるほどあるが、腰が砕けるなんて有り得ない。 サンジは自信たっぷりの笑顔で申し出を受け入れたのだった。 「・・・・・そのまま、じっとしてろよ・・・・・?」 軽く覗き込んだゾロの上目遣いと、低く囁かれた声にサンジの胸が高鳴る。 水仕事で少し荒れている自分の手を包み込んだゾロの手は、僅かに汗ばんでいつもより温かい気がした。 (緊張、してんのかね。ゾロの奴。やっべ・・・・可愛い・・・・) やはり腰砕けよりも襲う可能性のほうが高い。二重の意味でドキドキしていたサンジは微かに笑みを零した。 その様子を見て軽く眉を寄せたゾロは、しかし黙したまま握ったサンジの手を持ち上げる。 「・・・・・・っ!?」 薄く開いた唇の間から覗いた紅い舌。それが触れるか触れないか、サンジの指先を掠めた後、羽の様にふわりと唇が寄せられた。 揃えられた指先一本一本に、軽く啄ばむ様に口付ける。 「ゾ・・・・ロ」 思いがけない行動にサンジの顔から笑みが消え、頬が赤く染まっていく。 ちらりと視線を向けたゾロは、そっと手を離すと満月を思わせる金色の髪を一房摘んだ。さらさらと流れる感触を楽しむかの様に緩やかに動く手。そうして伸び上がったゾロの唇が、今度は髪へと落とされる。 間近に感じるゾロの吐息と匂いに、思わず瞳を閉じる。それを逃さず、瞼の上に滑ってきた唇の感触に、サンジの肩がびくりと揺れた。 (う、わ・・・!) 温かく湿ったものが、睫毛を、目の端をゆっくりとなぞっていく。 添えられていた手が、長く伸ばされた前髪を掻き揚げ、普段隠されている左目が露わになる。もう片方の手はサンジの手と絡められたままだ。 (や、ばい。これは、やばい・・・!) 同じ様に左目にも触れてきた唇と舌に、サンジは些か焦った。 「ゾ、ロ・・・!ちょっと、待・・・・・」 「待たない」 瞼に唇を寄せたまま呟いたゾロから吐息と振動がダイレクトに伝わり、サンジの背を電流に似た痺れが駆け抜けた。 サンジの身体が微かに震えたのを感じたゾロがほんの少し、距離を開ける。 恐る恐る開いた蒼い瞳と、軽く伏せられた翡翠色の瞳が一瞬絡み合う。そして。 次にゾロの唇が寄せられたのは、サンジの唇。それは深く交わる事はなく。 「・・・・・・サンジ」 触れ合ったまま囁かれたその言葉と、掠めていった温もりに。 自称ラブコック様は完全にノックアウトされたのだった。 へなへなと崩れ落ちるサンジに向かって、ゾロは勝ち誇った笑みを浮かべる。 「俺の勝ちだな」 「・・・・・・っ!名前!呼ぶなんてずりぃぞ!」 その言葉に片眉を上げたゾロは座り込んだサンジと目線を合わせ、再びにやりと笑った。 「勝負にずるいもあるかよ。大体、何時だったか雰囲気も大事だって何処かのアホコックが言ってたよなぁ?」 そうして無造作に額を寄せると、まるで毛繕いをする猫の様にぺろりとサンジの鼻の頭を舐める。 「ちょっ・・・!」 首まで赤く染めたサンジが僅かに焦って仰け反る。その様子に舌を覗かせたまま目を細めたゾロは、軽く鼻を鳴らして立ち上がった。 近くの棚から一本の酒瓶を取り出し扉に向かおうとして、ふと思い出したように口を開く。 「戦利品。貰ってくからな」 振り向いたその笑顔は、この場で襲われても文句は言えないだろうもので。 しかし悲しいかな、サンジは立ち上がることも出来ずにぎりぎりと歯噛みするしかなかった。 「覚えてろ・・・・。夜になったら啼かせてやる・・・・!」 「へっ。返り討ちにしてやるよ」 憎らしくも愛しい恋人の言葉に、あらん限りの罵声と愛の告白を叫んだラブコックがようやく自由に動ける様になったのは、およそ十数分後。万年欠食児童の船長が、空腹を訴えキッチンを襲撃に来てからだった。 キス勝負、剣士の勝ち。 さて夜の勝負の行方は――――? END |
3000カウントリクです。 「キスが上手なゾロ」 リク頂いたときに「実際上手なのかしら、下手なのかしら」とのお話。私の中では速攻上手に分類されてました(笑) でもやっぱり、純粋にテクニック勝負となるとサンジに軍配が上がりそうかなと。 ゾロはきっと相手のツボを押さえたキスが出来る男に違いない! 誰にでも気持ち良いキスじゃなくて、その人限定で気持ち良い・・・って良いよなぁ・・・・と。 思ったんです・・・・・が・・・・。 何でこう色気が無いかな、君達は・・・!(泣) もっと色気のある文を書けるように精進いたします;; しかも「〜Call me」のロビン+ゾロと微妙に繋がってます。勝負の為に切り札出したよ、ゾロ・・・! でも書いてる間、物凄く楽しかったです(笑) 抹茶様。頂いた私の方が萌え妄想爆発な素敵なリクを有難うございました! 拙い文章でリクに添えていたか微妙ですが;; 宜しければお納めください。お怒りや返品等はいくらでも受け付けさせて頂きます;;;; こちらはリクされた抹茶様のみDLFです。 (2008.4.11) 戻る |