「んん!キャプテンウソップ!あがりだ!」
「げ!」
「まじかよ・・・・」
高い鼻をさらに高々とさせて叫んだウソップの言葉に、サンジは天を仰ぎ、ゾロは右手で額を押さえ。
共にこの世の終わりの様な呻き声を上げた。
Newly-married
couple
サニー号は至って順調に航路を進んでいた。
順調すぎる航海にとうとう暴れだしたルフィを押さえ、偶には皆でカードゲームでもしようと切り出したのはウソップだった。
「ただゲームしても詰まらないじゃない!お金掛けようにも文無しばっかりだし〜」
などと、始めは渋っていたナミだったが、ロビンがこっそり耳打ちすると一転してにこやかに笑った。
「・・・・んっふっふ〜。そうね、やっぱりやっても良いわよ?じゃ、カード持ってくるわね〜」
ルンルンとスキップでもしそうな勢いで部屋へと向かったナミの後姿を胡散臭そうに見送ったウソップは、その視線をロビンへと転じる。
「ロビン・・・お前、何言ったんだよ・・・・」
「え?私はただ、お金の代わりに罰ゲームも楽しそうねって言っただけよ?」
にっこりと笑ったロビンが、じゃあ何処でしましょうか。天気も良いし甲板でする?と歩き出す。その後ろをウソップの腕から抜け出したルフィが、意味が分かっていないのか「おー!罰ゲームー!」と楽しそうな声を上げて付いて行く。
「魔女が・・・魔女が二人に増えた・・・・!」
残ったウソップはがくがくと震えながら、愚かな提案をした自分を激しく呪ったのだった。
「と、いうことはー。びりがゾロでびり2がサンジ君ねー」
弾んだ声で名前を呼ばれた二人が、仕方ないといった様子で両手を上げ降参を示す。それに満足そうに頷いたナミは極上の笑みを浮かべた。
「さて!それでは罰ゲームを発表しまーす!」
そわそわと発表を待つ年少組を手で押さえ、軽く咳払いしたナミはにんまりと口の端を持ち上げた。
「びりは妻。びり2は夫。今から24時間。新婚夫婦の設定で生活してねv」
「「んなっ・・・!!!」」
絶句した二人を囲んで、クルーたちの笑い声が響く。
いかにも嫌そうに顔を見合わせた二人は、同時に鼻を鳴らし視線を逸らした。付き合っていられないとばかりに立ち去ろうとしたゾロの背に、ナミの声が掛かる。
「罰ゲームは約束でしょ。約束は守るとかって豪語してたのはどこの誰だったかしら〜」
「・・・・・ぐっ・・・・・」
低く呻いて振り向いたゾロは、不貞腐れた様にどっかりとその場に腰を下ろした。もともとナミの言葉にサンジが逆らえるはずも無く。
サンジとゾロの24時間擬似新婚生活がスタートしたのだった。
「ナミちゃんったら。罰ゲームは1週間の見張りじゃなかったの?」
「だって、そんなのあいつ等には意味無いもの。罰ゲームって言うからには想いっきり嫌がる事じゃないと!」
「ふふ。悪い子」
魔女二人によってそんな会話が交わされていた事に気付くことなく。
「だぁから!紅茶を淹れる時にはカップまで暖めておいてだな・・・!あっこら!茶葉が完全に開くまで注ぐな!」
「あーもう・・・うっせぇなぁ・・・」
耳元でぎゃんぎゃん騒ぐサンジに眉を寄せる。
「奥さん」が3時のお茶を入れるとなった事で心配性の「旦那さん」は落ち着き無く周りを付き纏い、あれこれと口を出していた。その様子を席に着いたクルーたちが生暖かく見守る。
「新婚って言うか、どっかの料理教室みたいだよな・・・」
呟いたフランキーの言葉に周りのクルーが苦笑する。
「まぁ、そうなるかなとは思ったけど。これはこれで楽しいからいいわ」
目の前に置かれた紅茶を口に含み、ナミは肩を竦めた。いつもより少し渋味が強い。
ようやく席に着いた「旦那さん」も同じことを思ったのか不本意そうに眉を寄せていた。黙ってカップを置くとちらりと一同の手元に目をやり、立ち上がろうとする。
「おい。・・・これだろ?」
掛けられた声にサンジが振り向くと、そこには小さなカップを差し出したゾロが居た。
その中に入っているのはミルク。目的の物を差し出された事にサンジが軽く目を見張る。
「あ、ああ。よく分かったな」
「・・・・渋みが強いやつとかだと、お前いつもこれ出してなかったか?」
驚かれる理由が良く分からなかったらしい。首を傾げ、じっとミルクを差し出しているゾロの視線と「あらぁ〜」「まぁ」と存分に含みのある声を上げた女性陣になにやら落ち着かない気分でサンジはそわそわと視線を泳がせた。
なんだか自分の頬が熱くなってきた感じがするなんて気のせいだ。
誤魔化す様に咳払いをしてミルクを受け取ったサンジは、ゾロの腕を取り再びシンクの前へと向かう。
「おい?」
「あー・・・。ミルクはそのままじゃ駄目なんだよ。少し温めるの」
「あ、ああ」
「沸騰させちゃ駄目だぜ?慎重にな、奥さん?」
「・・・・・・・・・・」
嫌がらせとしか思えない呼びかけにゾロの眉間のしわが深くなる。くつくつと笑いながらミルクパンを手渡すと、おとなしくコンロにかけて真剣な表情で見つめている「奥さん」に先ほどの落ち着かない気分も忘れて、サンジはのんびりとその隣に立っていた。
「うふふふ・・・なんだか面白くなってきたわね・・・」
ほくそ笑むナミの隣で常識人のウソップは「何か怖ぇ・・・・怖ぇよう・・・・」と呟きながらひたすらテーブルの上のみを見つめ、少し渋い紅茶を啜っていた。
その後、一名のクルーを恐怖に陥れながらも二人の微妙な夫婦ごっこ(注:罰ゲーム)は続けられたのだった。
何をするにもゾロの隣にはサンジが立ち、時に手を出し口を出し、キッチンの掃除やクロスの洗濯をこなしていく。驚いた事にこれまで普段のような喧嘩は繰り広げられなかった。約束という言葉が効いているのか、ゾロは眉を寄せつつも怒鳴る事は無かったし、サンジに至っては終始機嫌良さそうに笑いかけていたのだから。
「喧嘩しない二人なんて初めてだ」
感慨深そうに呟いたチョッパーがルフィやフランキーと笑いあう。女性陣はなんら動じる事も無く楽しげにその様子を見ていた。
ただ一人、時間が経つほどに顔色が悪くなっていったのはウソップだった。
「神様・・・いっそ俺から常識というものを奪い取ってくれ・・・それが駄目なら早くこの茶番を終らせてくれ〜・・・・」
天を仰ぎ、低く呻く。
しかし、無常にもその切実な願いはどちらも叶えられる事は無かった。
「おま、刀と包丁一緒にすんじゃねぇよ。切る時に添える手はこう指曲げて、ネコの手みてぇに・・・あ、にゃーって言ってみ?」
「言うか、阿呆」
「つれないのーうちの奥さんったらー」
何故かのりのりのサンジと、いい加減開き直ったらしいゾロの会話に約一名を除いたクルー達が腹を抱えて笑う。
夕食の仕込み中、いつもならそれぞれ自由に過ごして完成間近に呼ばれてようやく食卓に揃うのに、今日全員が既にキッチンに集っているのはこの「新婚夫婦」の観察をするために他ならない。というか、今後のからかうネタを逃したくないといったところだ。
「鳴くぐらいしてあげなさいよー。愛しいダーリン♥の為でしょー」
「誰がダーリンだ!」
ニヤニヤと言ったナミの言葉に、さすがに冷静ではいられなかったのか勢い良く振り向いたゾロが怒鳴る。その時。お約束と言うべきか、滑った包丁の刃先が左手の人差し指をかすった。
「あ。いて。」
ぷっくりと盛り上がった赤い雫にチョッパーが慌てて立ち上がる。ナミまでも同じ様に立ち上がったところで苦笑したゾロが「舐めときゃ治る」とその指を口元に持ち上げた。
ぱくっ。
指先が口の中に消えた瞬間、周囲の空気が凍った。
立ち上がった二人はそのままの姿勢で、見守っていたクルー達も動きを止めてその光景に見入る。
怪我した指を銜えているのは当のゾロの口ではなく、とっさに手を引き寄せたサンジのものであった。
ここで誰かが「いくら新婚設定だからってそこまでしなくても」と突っ込んでいれば。
もしくはゾロが「なにしやがる!」と怒鳴り、手なり足なり刀なり繰り出していれば。
この妙な空気は霧散され、笑い話で終わっていただろうに。
見つめるクルーたちは固まったまま動く事が出来ず。我に返ったサンジとゾロは首まで真っ赤に染めてこれまた動く事が出来ずにいた。
ただ一人表情を変えることが無かったロビンが「初々しいわね」と呟いたところで、ようやく指を開放したサンジがギクシャクとシンクの前までゾロを連れて行き、水を出す。
「・・・・・ちゃんと、洗い流してから、消毒、しないと」
「お、おう」
やたらと文節を区切りながらサンジはちらりと隣に立つ男を盗み見る。
流水にさらされた指を見つめるゾロの横顔は、頬のみならず耳も首も赤く染まっていて。いつもは意志の強さを表すようにきつく寄せられている眉も今は困ったようにゆるい曲線を描いていた。
・・・・・・・・可愛い、かも。
突如湧き上がった感情に、にへら、と口元を緩める。完全に血が止まったことを確認してから水道を止めると、濡れた手を優しく拭いてやりながら僅かに伏せられた瞳を覗き込む。
ねえ。俺、惚れちゃったかもよ。
声に出さずに呟けば、落ち着き無く彷徨う視線。
それすらも可愛く思えてサンジは笑みを深くした。それはまるで恋の始まり。心臓が一人でスキップでも始めたような気分だ。
ゾロはといえば、怒るタイミングを逃した上に一連の出来事が気持ち悪いと思わなかった自分に混乱して、笑いかけてきたサンジの顔がなんだか眩しく思えて、ただひたすら赤面するしかなかった。
目の前で展開される二人の世界に、とうとう瀕死の状態になったウソップがずりずりとナミの傍に這いずって行く。
「・・・・・・・これって、俺たちのほうが罰ゲームなんじゃねぇのか・・・・・・」
「うん。ごめん。私が悪かったわ・・・・」
恨みがましい声にナミも滝のような汗を流しながら呻いた。
「え?私は楽しいけど?」
不思議そうに首をかしげたロビンを一同が畏敬の念も顕に見つめる。
「やっぱりロビンってちょっと変わってる・・・」
ぼそりと呟いたチョッパーの言葉に、内心深く頷きながらナミは額の汗を拭き取った。
「ごめん、今日はもう夕食はいらないわ・・・」
そうして重い溜息をついて席を離れたナミを皮切に、一同は続々とキッチンを後にし始めた。
些か残念そうに最後にその場を後にしたロビンは、ふと振り向くとにっこりと笑って口を開く。
「お食事、出来なくてごめんなさいね。代わりといっては何だけど、夜に頑張って頂戴、新妻さん」
「は・・・はぁあ!?」
目と口を大きく開いたゾロが慌ててその場を離れようとする。させじと引き止めたサンジは「ごめんね〜ロビンちゃん〜」と手を振るとじたばたと暴れるゾロを抱き寄せた。
「心配すんな。俺は夜の料理の腕も一流だぜ?」
「ぎゃー!へ・・・変態親父がいるー!!」
悲痛な叫び声はくすくすと笑って出て行ったロビンによって閉められた扉に跳ね返され、空しく散っていった。
翌朝。
つるつる・ぴかぴか・るんるんと頭の悪そうな擬音を背負った料理人と。
ぐったり・げっそり・どんよりと不景気そうな擬音を纏わりつかせた剣士が居た事は。
また、別のお話。
END
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