「いい加減うぜぇな!何で俺がンな事言わなきゃなんねぇんだよ!!」
「ンな事だぁ!?俺の事好きかって聞くのがンな事だってのか!?」

 何時もの様に船内に響き渡る怒声。その発生源となる人物も、その後に起こる破壊音も何時もの通りであったが、交わされる言葉は少々異なる様相を呈していた。



Love which is not gentle



「派手な痴話喧嘩だったわねぇ」
「すみません〜〜ナミさんのお耳を汚してしまったようで〜」
 からかう様に掛けられた声に、何時もの通りに答えたつもりだっただろうサンジの浮かべた笑顔は、出来損ないの機械人形を思わせるものだった。

 えっと、あれ?思ったよりも重症?

 予想外の反応に二の句が告げずに、ナミはラウンジに踏み入れた足を止める。
「取り敢えず、何か貰えるかしら」
 ナミに続き中へ入ろうとして阻まれたロビンが、やんわりと目の前の背を押し微笑む。
 了承の意を示し仕度を始めたサンジの声は、何時もより糖度が低く動きに切れが無い。席に着きながら顔を見合わせた二人は、申し合わせた様に同時に肩を竦めた。

「話だけなら聞いてあげるわよ?」
「そうね。少しは気が晴れるかもしれないわ」
「あぁ〜〜〜vv二人ともお優しいぃ〜〜!」

 ほんの少し仏心を出した二人の言葉にメロメロと身体をくねらせたサンジだったが「でも大丈夫だよ〜」と返すと、僅かに眉を下げた笑顔で再び作業に戻ってしまう。
 どうやら助け舟に乗るつもりは無いらしい。
 こうなってしまったらもう、この料理人を浮上させる事が出来るのはただ一人しか居ないのだが、問題はその人物との喧嘩が原因だと言う事だった。



「どうぞ。シナモン風味の紅茶ゼリーです」
「わ、綺麗」
 恭しい動作で、目の前に小さなグラスに盛られたデザートが並べられる。ふるふると揺れる琥珀色のゼリーの滑らかな表面に、明かりが反射して光が踊る。
 歓声を上げたナミが上に飾られたラズベリーに手を伸ばし、口に放り込もうとしたその時。突如ナミの両肩から生えた細い腕が口を塞ぎ、行き場を失った果実はころころと床に転がった。
「あっ。・・・・何よ、ロビン」
「ごめんなさい。でもこれ、ラズベリーじゃないわよ」
 転がった果実を摘み上げたロビンは、不満げな声に軽く苦笑してみせる。


「ラズベリーに良く似ているけど別物。これの中には媚薬に近い成分が含まれているの」


 嫌だ、と眉を顰めて見せたナミの隣で、そんな食材を提供してしまった料理人が顔面を青白く染める。
 手の平の上で果実を転がしながら驚かせてしまったかしら、とロビンは少し困った様な笑みを浮かべた。
「でも媚薬に似ていると言うだけで、実際はある程度素直になったりするぐらいだったと思うけれど・・・」
「そっか。ま、あたし達は食べずに済んだし他の奴らにはまだあげてないんでしょう?だったら処分すれば・・・」
 思ったよりも深刻ではない状況にナミは胸を撫で下ろす。
 それから態とでは無いにしろ、食に対して総括する立場の人間として今後は気を付ける様に、と今回の事は気にしないようにと言う事を伝えようと傍らの料理人を振り返ったが、視線の先にその人物を収める事が出来ない。

「サンジ君?」

 くるりと視線を巡らせ、微かに肩を震わせるロビンの後ろに足早に扉へと向かう料理人の姿を認める。余裕を失った表情で取っ手に手を掛けたサンジの様子に、呆れた様な溜息を隠すことが出来なかった。


「・・・あたし達よりも先に、ご機嫌取りの為にゾロにデザートを持って行ったわね・・・?」


 遂に耐え切れずにくすくすと笑い声を上げたロビンと片眉を持ち上げて見せたナミに、ばつの悪そうな顔をしたサンジだったがそれでもキッチンを後にしようと手に力を籠める。
 勢い良く開こうとした扉はその動作よりも早く表に向かって開かれ、バランスを崩したサンジは一瞬たたらを踏んだ。
「うわっ・・・・・・あ!」
 燦々と降り注ぐ陽の光を背負って立つその人物は、飛び出してきた料理人の姿に目を見張り、次いで僅かに口元を緩めた。

「なーにやってんだ。あぶねぇだろ?」
「ゾ・・・ゾロ・・・」

 目指していた筈の人物だったが、予想外に目の前に現れたせいでサンジはわたわたと焦る。兎にも角にもデザートの件を切り出さねばと息を吸い込んだ所でゾロの手に握られた空の容器に気付き、吐き出そうとした息はぐ、と音を立てて飲み込まれた。
「あ、あの・・・それ・・・・」
 震える指先で指し示して見せれば、首を傾げたゾロが「ああ・・・」と得心した様に己が手にした容器に視線を落とし。
 そのままサンジに向かって容器を差し出し、にっこりと笑った。



「美味かった。ありがとな、サンジ」
「!!!!」



 ほんの数刻前の喧嘩も無かったかのように笑っているゾロ。滅多に口にしない料理に対しての感想。
 何よりも、数えるには片手でも多いくらいの回数しか呼んだ事の無い、名前。

「あーあ・・・・」
 背後で心底呆れた様なナミの声が聞こえた気がしたが、最早サンジの視覚と聴覚は目の前で上機嫌に笑っている男に奪われてしまっていた。


 嬉しい。
 どうしよう。
 嬉しい。
 どうしよう。


 リフレインする単語に身動きする事も叶わず立ち竦んでしまったサンジに、ゾロが怪訝そうな表情を浮かべる。
「どうしたサンジ?大丈夫か?」
 再び名前を呼んで覗き込んできた顔は、疑いようも無くサンジの事を案じていて。


 ・・・・・・・・クソ嬉しい。


 顔に集中してきた熱を誤魔化す様に俯いたサンジの肩は、徐々にこみ上げてきた感動にふるふると震えていた。ゾロの腕を掴み、ずるずるとその場にしゃがみ込む。
 手を引かれる形で中腰になったゾロの影がサンジを被い、それが少しでも自分の赤くなった顔を隠してくれる事を祈りながら、サンジは顔を上げないままに口を開いた。

「な、ゾロ」
「ん?」
「俺の事、好き?」

 その質問は今回の喧嘩の原因となったもので。
 口に出さないゾロと、言って貰いたいサンジ。そんな二人のちょっとしたすれ違い。

 繰り返される質問に沈黙し、ラウンジに居る女性陣と自分の腕を掴んで情けなく蹲っている男を交互に見遣ったゾロは、小さく笑って腰を折り金色の髪がかかる耳元に口を寄せた。



「ああ。・・・・・好きだぜ?お前が、一番」



 薬物混入とは違うけれども、料理人としては完全な失態。それでも言って貰いたくて堪らなかった言葉を得られたサンジは、蒸気が噴出すのではないかと言うほど真っ赤になって、心底嬉しそうな笑みを浮かべたのだった。












 ―――――いくらなんでも可笑しすぎる、かも。

 初めの内は嬉しい気持ちが先にたって、自分の事が好きかとか一緒に居たいかなどと質問を繰り返し、「好き」「居たい」と返事を貰う度ににやけていたサンジだったが、あれからずっと昼寝も鍛錬もせずに自分について回るゾロに、些か焦りにも似た気持ちを抱き始めていた。

 今も蜜柑畑に水を撒く自分の隣で、ゾロはのんびりと海を眺めている。
 ちらりと見遣れば、視線を感じたゾロが振り向いてにっこりと笑う。

 それはとても幸せな事ではあったけれど。
 一緒に居て、気持ちを口にして欲しいと思っていたのは確かに自分だけれども。

 目指すものの為に、時々自分の事を忘れてしまったかのように前だけを見て真っ直ぐに進むゾロは、そこには居ない。

「サンジ?」

 どうした?と柔らかい声音と共に、大きな手がくしゃりと頭を撫でる。
 その暖かい感触は、本当はいつだって自分に与えられていたもので。
 何故か泣きたい気持ちになって、サンジは眉間に力を入れた。

「ごめん」
「?」
「我が儘言って、ごめん」

 分かっていた。ちゃんとゾロが自分の事を想っていてくれる事ぐらい。言葉にしないゾロは、その代わりに精一杯彼なりの態度で気持ちを伝えていてくれた事ぐらい。
 それを無理に言わせようとしたのは自分だった。


「素直に言ってくれるのもクソ嬉しいけど。やっぱり俺は何時ものお前が好きだよ」


 きっと今、自分は酷く情けない顔で笑っている。
 顔を上げた自分を困った様な表情で見ているゾロに、サンジは内心苦笑する。



 想いを伝える言葉なら、代わりに自分が言えばいい。
 そうすればきっと、ゾロは態度で返してくれる。分り難いけれど、温かくて幸せになるような態度で。



「好きだよ。ゾロ」


 今度は上手く笑えただろう。
 穏やかに微笑んだゾロに、サンジは触れるだけのキスを落とす。

「さ、俺はそろそろ夕食の準備だ。出来たら呼ぶからトレーニングでもして来な。怠けると鈍っちまうぞ」

 言って蜜柑畑を後にしたサンジに、ゾロが付いていく事はなかった。
 振り向かずに扉の中に消えたサンジは気付かない。見送るゾロの瞳が、酷く優しい光を湛えていた事に。







「・・・・・・アンタって意外と悪趣味」
 低く掛けられた声に振り向くと、腰に手を当て仁王立ちになったナミがゾロを見ていた。
「盗み聞きの方がよっぽど悪趣味だろ」
 口角を持ち上げてにやりと笑って見せるゾロに、小さく息を吐く。傍を通り過ぎ船縁に寄り掛かったゾロを目で追いながら、ナミはゆっくりと口を開いた。


「アンタ、本当はあれ、食べてないでしょ」


 向けられた視線と笑顔は、その言葉を肯定していた。
 ごそごそとポケットを漁った手を開くと、そこにはラズベリーに良く似た赤い果実。

「可哀想なサンジ君」
 目を細めて呟くナミに、くつくつと肩を揺らす。

「いいんだよ。あいつは俺のだからな」

 あまりの台詞に付き合いきれないと呆れて天を仰いだナミは、痴話喧嘩も程々にしてよね、このバカップルと言い置いてその場を離れる。

 一人になり、暫く手の平の上でころころと果実を弄んでいたゾロは、今日のサンジの言動を思い返して口元を緩めた。




 自分の言葉におろおろして赤面して。嬉しそうに笑って。
 もう少し口に出してやっても良いかも知れない。それとも、また何か物のせいにしてべたべたしてやろうか。

 さて、どっちが面白いだろう?



 握り込んだ赤い実を海に向かって放り投げたゾロは、今度こそ声を上げて笑った。



 END



このバカップルが!!(第一声がそれか)

うっかり自分で踏んでしまった7777HIT。
あまりに切ないので誰か貰ってくださいとお願いした所、勇敢にも紺野さんがリクを下さいましたーv 
リク内容は「サンジの事がすごく好きなゾロ」そして「ゾロが懐き過ぎてあたふたするサンジ」!
何って可愛らしい設定vv

・・・・・ええ。分かってます。素敵リクに答え切れていないことなんて。
良く考えたら拙宅のゾロ。自分から好きって言った事ないんじゃない?そもそも名前を呼ぶこと自体少な過ぎない?
なかなか甘えてくれないゾロに、とうとう小道具まで使ってしまいました。
そしてゾロがやっと甘えてくれた分、サンジのヘタレっぷりがパワーアップ!
しかもゾロ、確信犯か!!素直にアレ食べときなよ!何で食べてないのさー!
とか、自ら突っ込みどころが満載のお話になってしまいましたけれども。

えー・・・紺野さん。自爆HITを拾って下さって有難うございました!こんなもので宜しければ、どうぞお納めください;;;
お怒り、リテイク謹んでお受けいたしますー;;;

こちらはリクされた紺野風花様のみDLFです。
(’08.6.15)


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