「ん・・・・コック・・・もう、ちょっと強く・・・」
「・・・・本気?」
目の前の人物の要求に、サンジは若干呆れながらも更に力を強めた。
ないものねだり、あるものうれし
「・・・・・っはぁ〜・・・・やっぱり面倒臭いな、これ」
「面倒臭い以前に、何で骨が折れないかが不思議だね」
辟易した風に呟く相手に、負けじとうんざりした表情を装って返す。先刻まで懇親の力でもって引っ張っていた白い布は、今は見事な一体感で相手の体に巻き付けられている。
「折れる訳ないだろ。ただのサラシだぞ?」
何を馬鹿なことを、と軽く笑った相手が、満足そうに装着し終わったサラシを見下ろすのを眺めながら、サンジは密かに息を吐いた。
毎度毎度、引っ張る布越しに骨の折れる感触が伝わってきたらどうしよう、という恐怖感に付き合わされる自分の身にもなってみろという気持ちと、せっかく大きいのにわざわざ隠すなんてもったいない、という気持ちを込めて。
実際に言葉にするのはなにやら負けた気がする為、実行したことはないけれども。
ゾロは女性ながらもかなり腕の立つ剣士だ。大剣豪を目指す彼女は、どうしても男性優位である剣の世界に揉まれて来たせいか、言動に女性らしさが欠けるきらいがある。
言葉使いはもちろんのこと、戦闘で邪魔だからと髪はばっさりと短く切り揃えられているし、汗で流れるからと化粧の類も一切していない。服に至っては動き易さ優先。
(だからと言って男っぽいって訳でもないんだよね)
一人ごちて傍の椅子に腰掛けたサンジは、巻き終わったサラシのどこか収まりが悪いのか、ごそごそと身を捩っているゾロをぼんやりと見つめた。
髪は確かに短い。が、ふわふわの萌黄色は見た目にも柔らかそうで、実際柔らかくてゾロによく似合っている。
化粧も確かにしていない。が、その必要も無いほどに肌はきめ細かい。弓形の細い眉の下にある切れ長の目は、吸い込まれそうな翡翠色で半端無い目力がある。
細く尖った顎、細い首。鍛えられた身体に無駄な筋肉は付いておらず、無造作に着込んだ服の上からでもはっきりと分かる見事な曲線。 腰に佩いた三本の剣が無ければ、恐らく十人中七人が振り返り二人がナンパしてくるだろう。残りの一人は異性に興味が無い人物だ。
要は着飾って大人しくしていれば文句の無い美女、といった所だが、本人には全くその気が無い。
「・・・・・・はぁ」
未だにごそごそとサラシを弄っているゾロを横目に、深い溜息を吐く。
別段ゾロの容姿が羨ましい訳ではない。サンジは自分の顔は気に入っているし、絡まりやすい猫毛の髪も嫌いではない。身体だってそこそこ鍛えており無駄な脂肪など一切付いていない。
そう。付いていないのだ。
「もう少し、付いてたっていいのに・・・・」
呟いて自分の胸元を見下ろす。お気に入りの黒いスーツ。今は室内で上着は脱いでしまっている。にも拘らず、視界に映るのは有るのか無いのか微妙な膨らみだった。スレンダーと言えば聞こえはいいのかもしれない。ただ女性としてはもう少しボリュームが欲しかった訳で。
「・・・・・・・・・はぁ」
二度目の溜息は一度目よりも深く重いものだった。
肺の中の空気を全て搾り出す勢いで溜息を吐くサンジの視界が、ふと暗く翳る。何事かと顔を上げると、先刻までサラシと格闘していたはずのゾロが目の前に立っていた。
「・・・?何?」
酷く真剣な眼差しで見下ろしてくるゾロに、首を傾げつつ問うても返答は無い。
「ゾロ?・・・・っわ!!」
若干居心地の悪さを感じて、身じろぎつつ再度声を掛けた瞬間、ゾロはサンジの腕を取って勢いよく立ち上がらせる。何?何?と疑問符を撒き散らすサンジを他所に、何かを考え込んでいたゾロは無言のまま次の行動に移り、サンジは再び短い声を上げた。
「ちょ、何して」
両手でぺたぺたと胸を触ってくるゾロに動揺を隠し切れず、サンジはあたふたと周囲を見回した。
別に胸が小さいことは隠してはいないし(隠せてもいないし)ゾロに触られることは嫌ではないけれども、まだ昼間だしこれから買出しとかもあるしいくらなんでも突然過ぎるて言うか恥ずかし過ぎる。
「・・・・・・いいよな」
「・・・・・・・・は?」
顔に集中してくる熱にぐるぐると思考を絡ませていたサンジは、ぼそりと呟かれたゾロの言葉に我に返った。
ほぼ同じ身長の二人だが、ゾロの視線が胸に集中して俯き加減のため、僅かに伏目がちで長い睫毛が瞳にかかっているのが見える。ああ本当に美人だなぁと頭の隅で考えたサンジだったが、ゾロの目がどこまでも真剣であることに気付いて口には出さず、別のことを問い掛けた。
「いいって、胸?」
こっくりと頷くゾロに、先刻の衝撃で飛び去った疑問符が舞い戻ってくる。
「どこが」
「大きさ」
即答した挙句に羨ましい、と尚もぺたぺたと触り続けるゾロに、まさにその大きさが唯一の悩みであったサンジは非常に複雑な表情を浮かべたのであった。
「何でそんなに羨ましいの」
羨ましいと繰り返しながら只管触ってくるゾロを何とか引き剥がし、サンジは脱力して元の椅子に崩れ落ちた。一方引き剥がされたゾロは、やや不満そうだったが大人しく引き下がり今に至る。
「だって重いし。邪魔だし」
むっつりとサラシの端を引っ張るゾロは、本気でそう思っているのだろう。
いやそれこそ羨ましいですから。わざわざサラシで押さえ込むなんてもったいないですから。
思わず零れた溜息でゾロはサンジの内心を悟ったらしい。交換出来たらいいのにな、と 口角を吊り上げて皮肉気に笑った。
「うん、そうね・・・・」
力なく笑って同意したサンジは、すっきりコンパクトに収まった胸のゾロを思い浮かべる。確かに似合っているかもしれない。別にゾロの魅力は大きい胸だけではないから、理想の身体を手に入れたゾロは生き生きとして、更に綺麗に見えるだろう。ついでに言えば、毎度付き合わされるあのサラシ巻きともお別れなのだ。
そこまで想像を暴走させて、はたと固まる。
ぺたりと自分の胸を押さえてみる。小さい。次いでゾロの胸を同じようにぺたりと押さえる。サラシで固められていると言っても大きくて、柔らかい。
「何?どうした?」
突然固まったかと思えば、交互に胸を触って確かめるサンジに軽く引きつつ、ゾロは眉を寄せた。
「やっぱ交換なんて駄目」
「いや本当に交換出来る訳じゃないし」
半ば本気で引き始めたゾロに構わず、サンジは駄目駄目とぶつぶつ呟いていた。
胸が大きくなったら嬉しい。でもゾロの胸が小さくなるのは頂けない。
「だって自分の胸触っても楽しくも何とも無いし」
「はぁ!?」
裏返った声を上げるゾロに、一人頷いて立ち上がる。にっこりと笑ってみせると、いやな予感を感じ取ったのか、じりじりと後退るゾロに素早く手を伸ばした。巻くのを手伝っているものなのだから、当然外すのもお手の物だ。
せっかく巻いたのに!!との悲痛な叫びも空しく、あっさりと緩められた胸元にサンジは満足気に目を細めた。先刻とは段違いに柔らかく、温かい感触。ぽふぽふとした弾力は心底気持ち良い。
「うん。やっぱりゾロはこうでないと」
ぎゅう、と顔を埋める様にして抱き付いても骨にあたる感触は無い。ただただ柔らかく、走る心臓の音だけが聞こえてくる。
「ちょ、サンジ!」
「ん〜?」
焦るゾロに視線だけで応える。いつも強気に持ち上げられている眉は弱々しい曲線を描いて、首まで赤く染まった肌が酷く扇情的に見えた。
悩んでいる胸の大きさも、今が昼間なのも、これから買出しがあるのも、もう如何でも良いかもしれない。
その気が無くても誘ったのはゾロなんだし。自分は悪くない。うん。悪くない。
「だってお互い、お互いの胸が好きなんだしね」
「そういう意味じゃない!!」
ゾロの必死の叫びは抵抗空しく、サンジの口内に溶けて、消えた。
やっちまった女体化百合サンゾロ!!
もっと短いSSSになる予定だったのですが、気付いたらこんな長さに・・・!!
何故だ。不思議。
嘘です。すっごい楽しかったんです。スミマセンスミマセン。
愛するお嫁様のドSな甘言に惑わされて(責任転嫁)本気で書いてしまいました。
ああ、お嫁様の後悔に溢れたお顔が浮かぶようだわ〜・・・・ハハハ
恐らく女体化百合なんて最初で最後です。「やっちまったんだなぁ」と生温かい目で見逃してくださると嬉しいですガクブル
しかしなんつータイトルだ。
最後まで読んで下さった勇者様、有難うございましたー!
(’09.12.19)
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