HAPPY. HAPPY? HAPPY!!


「ゾロ。アンタ、明日の贈り物。ちゃんと準備したんでしょうね?」 
「はぁ?」

 珍しく寝過ごす事無く(早起きと言う事ではなく、ただ見張りだった為)無事に朝食にありつけたゾロは、それじゃ一眠り、とばかりに定位置となった後甲板に向かう途中、ナミに呼び止められた。
 投げつけられた質問の意味が分からずに、首を傾げる。
 
「は?じゃないわよ。チョコレートよ、チョコレート!!」
 分かってたけど。もうちょっとこう、世間ってモノに目を向けてもいいんじゃない?

 揶揄する様に大きく溜息をついたナミに、何となしにむっとしてゾロは眉を顰めた。
 一般人が見たら思わず平謝りしたくなる様な表情であったが、その位でビビッていたらこの船には乗れない。ましてや影の(表もではあるが)最高権力者であるナミが恐れをなすわけが無い。
 へっとばかりに鼻を鳴らすと、細い指先をびしっとゾロに突き付けた。

「明日はね、バレンタインデーよ!知らないとは言わせないわ!!」
「・・・・・しらねぇ。何だよ、それ」

 勝ち誇ったように突き付けた指先は、あっさりと返された言葉にへにょんと力を失う。

「世間のイベントに疎いとは思ってたけど・・・。此処まで・・・!!」
 がっくりと項垂れたナミに、不思議そうな表情の天然剣士。
「なぁ、だから、何なんだよ」
 いっそ無邪気に。・・・・というにはガタイが良すぎる男を目の前にナミは何となく物悲しくなって天を見上げた。

 嗚呼・・・サンジ君。なんて報われない人・・・。

 思わず世の無常を感じそうになったその時、背後から少し低めの落ち着いた声が響いてきた。

「バレンタインって言うのは、女の子から好きな相手へチョコレートを贈って想いを伝える日よ」

 艶やかな黒髪の考古学者が、いつから聞いていたのか脇に本を抱え穏やかに微笑んでいる。
 ちらりとナミに向けられた視線には『面白そうだから協力するわ』という意思が存分に込められており、それに力を得たナミは眼だけでにやりと笑った。
「そうそう。そういう日なのよ。だから、アンタはちゃんと準備したのかなって心配になってね〜?」
 にっこりとにやり。笑いの違いはあれどもタッグを組んでくる女性陣になんとも嫌な予感がしたが時、既に遅し。ゾロは逃げられない状態であった。



「だから。何で俺なんだよ・・・」

 ずるずると物陰まで連行されたゾロはじっとりと汗を掻きながら呻く。
 海賊狩り、魔獣と異名を馳せた男も、この二人にかかっては蛇に睨まれた蛙状態だった。

 今日という日の意味は分かった。しかし何故自分が此処まで追い詰められているのか。逃げ出したいと思うのは決して自分が臆病だからではない・・・と思いたい。

 そんな事を考えるゾロを他所に、二人はいかにも嬉しそうに言葉を続ける。
「だって、ゾロとサンジ君は付き合ってるんでしょう?」
「告白という受け取り方もあるけど、恋人同士にとっても大切なイベントなのよ」
「そうそう。どうせアンタは日頃サンジ君に何も言ってあげてないでしょう。丁度いいじゃないの」
「彼、きっと喜ぶわよ?」

「だーーー!!ああもう!うるせぇ!!」

 嬉々として言い募る二人にとうとう切れたゾロが大声を上げる。
 それでも平然としている二人にうんざりといった表情を向けた。
「言いたいことは分かった・・・と思う。けどな。何で俺がアイツにやらなきゃなんねぇんだよ。コックなんだからあいつが作るだろ」
 そう。サンジはこういったイベントが大好きだ。きっと覚えてて、おやつの時間にはクルー達へ最高のチョコレート菓子を振舞うだろう。
 それはいかにもな言い分に思えて、ゾロは少しだけ力を得る。

 そんなゾロの言葉に顔を見合わせた二人は、やれやれといった風に肩を竦めた。
「ばかねぇ。女の子からあげる日だって言ったでしょ?」
「貴方からあげないと駄目じゃない?」
「だから・・・・。俺は女じゃねぇぞ・・・」
 自分の言い分が全く通じなかった事にがっくりと肩を落とし呻いたゾロに、最高に可愛らしい笑顔を浮かべた航海士が、爆弾を投げつけた。

「あら。だってアンタが『女役』なんでしょ?アンタがあげなきゃ駄目に決まってるじゃない」

 未だ嘗て無いほどの破壊力を持った台詞に、未来の大剣豪はあっさりと撃沈されたのであった。

「・・・・お前も女なら、もっと恥じらいってモンをどっかで拾って来い・・・」

 強力な踵落しによって粉砕されたささやかな反撃と共に。


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「あ〜ちくしょ。ナミの奴手加減無しでやりやがって・・・」

 痛む頭を撫でながら、ゾロは市場を歩いていた。

『近くに島があるから、半日だけ寄ってあげる。その間に買って来なさい!』
 有無を言わせない命令にしぶしぶ市場まで出てきたゾロだったが、周囲の異常な盛り上がりにようやく気付いた。

 愛しい彼への想いをチョコに込めて!

 二人の愛を繋ぐ、●●印のチョコレート。彼のハートは貴女のもの!

 様々な謳い文句が記された看板が其処彼処に見られる。そして其の看板がある所には、可愛く着飾った少女達がきゃあきゃあと歓声を上げながら群がっていた。
 誰某にあげるだの受け取ってくれるかなだの彼にあげるのはどれが良いかだの浮かれた雰囲気とは裏腹にどの少女も真剣な表情だった。

 (ナミの奴・・・俺にこの中に入って買えってのか!?)

 いっそピンクに見える店先の空気に僅かに口角が痙攣する。
 自分が可愛い女の子なら問題無い。百歩譲ってサンジの様に傍目には爽やかな、と形容できなくも無い容姿ならまだ何とかなっただろう。

 しかし、哀しいかな。
 ゾロはマッチョとまではいかなくとも筋肉の付いた逞しい身体の持ち主であった。
 しかも目つきも鋭く、ともすれば人相が悪いと言えなくも無い。
 其の事は己でもしっかりと理解している。

(む・・・無理だ・・・!)

 例え手ぶらで船に帰って、ナミに雷を(文字通り雷をだ)食らったとしてもこの輪の中に入っていく勇気は持てない。

 努力はした、俺は良くやったと無意味な言葉を繰り返しながら船に戻ろうと踵を返したゾロの眼に、一軒の店が映った。

 小さな店だったが、店先のショーケースの中には様々なチョコレートが並んでいた。
 他の店と違わず少女達が真剣に覗き込んでいる。彼女等の注文に答えながら商品を取り出している男はパティシエなのだろう、白い制服に身を包んでいた。 
 少女達の真剣に選ぶ表情を優しく見守り、嬉しそうな笑顔にはそれ以上に幸せそうな笑顔で答えている。
 自分の作品が彼女等の想いを伝える手助けとなっている事、喜んでもらえる事を何よりも大事に思っている様な。そんな顔だった。


 アイツ、みてぇ。

 
 一人の人物を思い浮かべ、自然口元が綻びる。
 きっと自分の料理を喜んでもらえる事を至上の事としているあの男は、自分がもらうよりもいかに相手に美味しい物を差し出すか、それに夢中になっているだろう。

 微かに笑ったゾロは思い付いた様に周りを見渡し、一軒の店へと足を向けた。


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「ぞ〜ろ〜・・・・」

 夕方近く船に戻ったゾロは、地を這う様な声にびくりと肩を揺らす。
 振り向いた先には陽炎のようなものを背負ったナミが仁王立ちになっていた。

「あんたね!あれだけ言ったのに何でお酒なんか買ってきてんのよ!」
「うるせぇな・・・別にいいだろ」
「良くないわよ〜!せっかくゾロがどんな顔でどんなもの買ってくるのか楽しみにしてたのに〜!!」
「お前・・・やけに絡むと思ったら、それが目的か・・・」

 うんざりと答えたゾロはなおも騒ぐナミを適当に流し、部屋へと戻って行った。
 それを見送ったナミはロビンへと泣きつく。
「お姉さま〜あいつったらツマンナイ〜〜」
「あらあら。残念ね」
 よしよしと頭を撫でたロビンはキッチンへと振り返ると苦笑を浮かべた。
「本当。残念だったわね」
 視線の先にはサンジが同じく苦笑を浮かべて立っていた。
「仕方ありませんよ。あいつらしいっちゃらしいし。代わりに俺が作ればいいんですし」
「あら。ご馳走様」
 微笑むロビンと恨めしそうなナミにもうすぐ夕食ですよと告げると、サンジはシンクへ向かう。

 そりゃね、期待はしてなかったけどさ。もしかしたら、とかさ。

 ナミから半日だけの寄航の理由を聞いていたサンジは、ほんの少しだけ期待していた自分がこれまたほんの少しだけ可哀相だな、と思ったのだった。


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「おい、クソコック」

 可愛い(とサンジは信じている)恋人から可愛げの無い声が掛けられたのは、翌日の仕込みも終わった深夜の事だった。

「何だよ。酒ならもう飲んだだろうが」
 最後の食器を仕舞いながら振り向いたサンジは、扉の前に立ったままのゾロの様子に首を傾げた。

「何?なんかお前、顔赤いぞ?」
 煙草を手にして歩み寄る。
 言葉通り頬を染めたゾロは、落ち着かなく視線を彷徨わせていた。

(クソ可愛い・・・。喰っちまうぞ、こら)

 不埒な考えにへらりと口元を緩ませるサンジに僅かに眉を顰めたゾロだったが、思い直した様に深呼吸をすると手にした物を突き出す。

「これ・・・あんたが今日買ってきた酒じゃない。どうしたの」
 更に首を傾げるサンジにゾロはいっそう頬を染めて俯いた。
「今日、じゃ無い。昨日、だ」
 言われて時計を見ると確かに針は既に12時を過ぎている。いつの間にか日付は変わっていた。

「だから、これ。やる」

 突き出された瓶のラベルには。

「チョコレートリキュール・・・?」

 そう記されていて。

(もしかして、もしかして、もしかしなくても・・・!)
 サンジの脳内では天使がファンファーレを奏でる準備を始める。

(これは、バレンタインの贈り物って奴ですか・・・!!)

 いやいや、早とちりは良くない。
 軽く頭を振ったサンジが恐る恐る問い掛ける。
「これ・・・バレンタインの・・・?」
 それに対する答えは。

「チョコは・・・買えなくて。酒屋に入ったらこれがあったから。同じチョコだし。だから・・・」


 おめでとう、俺!!有難う、バレンタイン!!そして有難うナミさんロビンちゃん!!


 満面の笑みを浮かべた脳内の天使が、盛大に音楽をかき鳴らす。
 いつもそっけなく、甘い言葉など望むべくも無い恋人から贈られた、甘い甘い想い。
 
 感極まったサンジは勢いをつけてゾロへと抱きついた。

「でもお前、甘い酒は苦手じゃなかった?」
 慌てて腕から逃れようとするゾロをしっかりと抱きしめたまま頬へ、額へと唇を落とす。
 しばらくは暴れていたゾロだか、諦めた様に息を吐きぼそりと呟く。
「苦手だよ。でもテメェなら旨いの出してくれるだろ」
「へっへ〜。任せろよ!」

 照れ臭そうに笑いあい、重ねられた唇はチョコレートよりももっと、ずっと。
 
 甘く、幸せな味がした。

                                                END



何とか間に合った・・・バレンタインSS。
天然ゾロ万歳!照れ屋ゾロ万歳!
アホの子サンジ万歳(笑
急いで書いた為、なんとも言えない内容ですが。
とにかく甘く!・・・出来るだけ甘くを・・・目指してみました。
たまにはサンジも報われてもいいかなと。

では、最後まで読んでくださって有難うございました!


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