父親に連れられ初めて王宮への門をくぐったのは、少年が十五の年を迎えた日のことだった。
左程詳しくは無いものの、父親が王宮でそれなりの地位を持ち、国の中枢にも関わる仕事を任せられていたのは知っていたし、これから会うのはその国の頂点に立つ人物であることも教えられている。その為、父の顔に泥を塗ってはならぬと幼さの残る顔を引き締めて精一杯の礼儀を尽くそうとした少年だったが、実の所眼前の人物から放たれる威圧感に耐えるだけで必死であった。
叩頭する親子の上段にある玉座に鎮座する国王は丸太の様な腕を組み、黙したまま此方を見下ろしていた。豪奢な衣の下からであっても隆々とした筋肉が窺え、実際よりも何倍も大きい存在に見える。がっしりとした体躯に相応しい荒削りな顔に蓄えられた豊かな髭が、更に国王の威厳を際立たせていた。
「基方の名は」
ずしりと腹の底に響く様な低い声に、思わず腰が引けそうになる。しかし此処でそのような無様な真似は出来ないと、少年は全身を奮い立たせた。
「政調省長官コウシロウが嫡男、ロロノア・ゾロと申します。此度、十五の歳を迎え騎士の称号を授かりましたので、陛下に御礼と我が忠誠の誓約の為、拝謁致しました次第に御座います」
「そうか。面を上げよ、ロロノア」
ゆるりと頷いた国王は絶対的な威力をもってゾロに命じる。慎重に頭を持ち上げた少年に投げ付けられた視線は、卑小な存在を打ち砕き相手の奥底まで見抜くような鋭いものあった。緩む事の無い国王の視線にゾロの背を冷たい汗が流れる。
試されている。
本能が恐怖を訴え、視線を逸らせと叫び続ける中で直感的に悟り、ゾロは視線を逸らす事無く真っ直ぐに受け止めた。怖気づく内心を叱咤し、全身の気力を振り絞って耐える。束の間空間を支配した静寂は、ゾロにとって永遠にも等しい時間であった。
とうとう搾り出した気力も底をつこうかと言う時、沈黙を破ったのは国王の豪快な笑声だった。
逞しい肩を震わせ至極面白そうに笑った国王は、勢い良く立ち上がりずかずかと大股で親子の傍まで歩み寄った。驚いて固まっている少年の頭を乱暴に撫で、隣で苦笑している父親に向かってにやりと口角を釣り上げてみせる。
「なかなか根性のありそうな餓鬼じゃねぇか。おめぇの子には勿体無ぇ位だ」
「ええ。我が息子ながら出来た子かと」
「てめぇ・・・普通其処は謙遜して見せるところだろうが」
「これは失礼。どうにも正直しか取り柄の無い非才な身で御座いますので」
「言いおるわ、狸めが」
ぽんぽんと歯切れ良く言い交わす二人に、少年は唖然とするしかなかった。
突然崩れた口調になった国王は、威厳こそ失われてはいないものの先刻の様な威圧感はなく、人好きのする笑みを浮かべている。対して父親は、言葉使いは丁寧だが澄ました表情で相手を受け流していた。
これではどう見ても王と臣下と言うより気心の知れた友人同士のようではないか。国王は既に六十を越えていたはずだ。対してゾロの父親は四十代。立場云々よりもその年齢差自体がお互いを隔て易いと思ったのだが、二人を見ているとそう言った様子は全くなかった。
礼を失しない程度に二人を見比べていたゾロは、不意に向けられた王の視線にかちりと背を伸ばす。再び襲い来るだろう圧力に供え腹の底に力を入れたが、予想に反し、降って来たのは大きな手の温もりだった。
がしがしと頭を撫でられるのは既に二度目だ。どうにも子ども扱いされている様で落ち着かない。けれど無骨な手は見た目以上の包容力を持っていて、ゾロはくすぐったそうに首を竦めるに止めた。
「ゾロ、と言ったか」
「はい」
頭に手を乗せたまま腰を落とした国王は、これも先刻とは全く違う穏やかな目でゾロを見詰めてきた。
「騎士として俺に忠誠を誓うと、言ったな」
「はい。陛下の御為、この身を―――」
「俺の為の忠誠なぞいらん」
捧げます、という台詞は国王の言葉に遮られ、咽喉の奥に飲み込まれた。台詞を遮られた事よりも、騎士の在り様に対して否定された事に衝撃を受けたゾロの様子に、国王は頭上から下ろした手で拳を作って少年の胸元に突き付けた。
「俺の為の忠誠はいらん。俺ではなく国に忠誠を誓え。それこそを俺は望んでいる」
「へ、陛下。しかしそれは」
国への忠誠、即ち王への忠誠ではないのか。
当然と思っていた認識を崩されて困惑する。少年の葛藤は国王の予想内だったのだろう。とん、と軽く胸元を叩かれ、はっと我に返る少年に向かって破顔した。
「国を守ることだけを考えろ。国を守り、民を愛することだけを。そうすれば必ず、お前が真に忠誠を誓うべき相手が見つかる」
もしその時、誓うべき相手が俺だったなら、俺は喜んでお前の忠誠を受け入れよう。
じわりと染み込むその声は理解し難い部分もあったが、その中に一つの回答を得て、少年はつと傍らの父親を見上げた。
「・・・・・父上が見つけられた誓うべき相手は、陛下だったのですね?」
真っ直ぐな息子の視線を受けた父親は、僅かに目を細めて見せただけだった。ただ口元が緩やかに曲線を描いており、それがゾロの言葉を肯定している。そうですか、と呟いたゾロの頭を三度撫でた国王はのそりと立ち上がって、今度は父親の肩を拳で遠慮なく叩いた。
「おうよ。選んでくれたのはありがてぇが、こいつはどうも口煩くてかなわん」
「おや、私が愛する者達と国の為ですよ。口煩いとは心外ですね」
「よく言う。あれをしろこれをしろと人をこき使いやがって」
「出来ないことはお願いしていないつもりですよ。陛下こそあれこれと私に申し付け下さって。忙殺と言う言葉をこの身で体験する羽目になりそうです」
あっという間に他愛ない言い争いを始めた二人を、ゾロはすっかり落ち着いた気持ちで見ていた。
父親は国王を国の為に無くてはならない人物だと認め、選んだ。国王はそんな父に応えた。だからこそ立場の違う二人がこうも遠慮なく会話を交わす事が出来るのだ。信頼と言う目に見えないけれど強い絆で結ばれているからこそ。
傍に佇むゾロの存在を忘れたかのようにぎゃあぎゃあと言い合う二人の会話は、何時の間にかいつぞやの賭け事でイカサマをした、してないと、いい年をしたしかも国の中枢を担う人物とは思えないものになっていた。
果たしてこの不毛な会話は何時まで続くのだろう。まさかとは思うが、国王と父は顔を合わせる度に、こんな言い合いをこんなに楽しそうにしているのだろうか。
取り残されたゾロは、尊敬していた王と父親の目も当てられない会話に半ば呆れ、半ば羨ましく思いながらこっそりと笑みを漏らした。
自分にも、そんな人物が現れるのだろうか。
立場を越え、年齢を越え、それでも全幅の信頼を寄せる事の出来る相手が。
もし、その相手に出会えたのなら。
この身と想い全てを差し出し忠誠を尽くすと、誓おう。
碧落の王
御年八歳となるこの国の王太子の名をサンジと言う。
子供特有のぷくぷくとした柔らかそうな頬は透き通るように白く、地上の月を思わせる金糸の髪と高く広がる大空を切り取り嵌め込んだ様な蒼色の瞳。くるくると良く変わる表情や、白磁の肌に赤味を差しはにかんで笑う姿は、まるで天使のようだと感嘆する人物もいた。つまるところ、王太子は両親と並び立つ必要も無く十人中十人が「母親似なのだなぁ」と納得してしまうような、愛らしい外見の持ち主であったと言うことだ。
「おい」
王太子の母親、つまりこの国の王妃は王太子を生んですぐに身罷ってしまっている。ゾロは王妃の顔を知らないが、王太子と同じ金髪に碧眼の美しい人であったらしい。身体が弱く滅多に人前には出なかったものの、思慮深く穏やかで優しい人物だったというのは父親から聞いた話だ。
「おい!お前!」
類稀な容姿を引き継いだ王太子は、残念ながらその性格までは似なかったらしい。どちらかと言えば父親である国王に良く似た気性の持ち主のようである。豪快で恐れを知らない。
けれど、王太子には決定的に足りない部分があった。
妻は王妃のみで側室を娶らなかった国王の遅くに出来た子、まして王妃は出産直後に他界している。必然的にたった一人の後継ぎということになる彼は、周囲の大人達に大切に大切に育てられ、結果父王の様な包容力を身に付けていないのである。これは王族としてはかなりの欠点ではないのだろうか。いやいや一介の騎士(しかもなりたて)の自分が口に出すことではないのだろうが・・・・。
「お前!いい加減返事くらいしろよ!王太子の俺が声を掛けているんだぞ!」
「殿下はもう少し王族である自覚をお持ちになった方が良いと思います。それに俺は『お前』と言う名ではありません」
ああ、言ってしまった。
怒りで顔を真っ赤に染める王太子に内心頭を抱えつつも、ゾロは表面上は冷静を装って直立した。
現在の状況に落ち着いた原因は、一通りゾロの父親と言い争って満足したらしい国王の言葉だった。
「ゾロ、ついでに俺んとこのクソ餓鬼にも会って行け。順調に行けば俺の後釜になる奴だ。見ておいても損は無いだろうよ」
なんともぞんざいな誘いであったが、ゾロとしては嬉しく光栄な申し出だった。元々国王のことは心から尊敬している。短時間と言えど、直接対面した王はその想いを一層深めるに十分な人柄であったから、息子である王太子はどれだけ優れた人物なのだろうと密かに期待もしていた。
ところが、案内されて実際に対面した王太子は偉そうに腕を組み、人を見下すような話し方をする正に「クソ餓鬼」だった。
王太子との面会を勧めた時の国王と父の意味ありげな笑顔はこういうことだったのか。
思わず漏れた溜息にサンジの眉が跳ね上がる。しまったと思った時には既に遅かった。
側付きの女官が止めるのも聞かずに肩を怒らせて詰め寄ってきたサンジが、じろりとゾロを睨め上げる。年齢の割に鋭い視線ではあったが、ほんの少し前にもっと凄みのある視線を受け止めたゾロにとっては何の恐れも感じられない。直立したまま僅かな落胆を滲ませたゾロに、王太子は悔しそうに口元を歪めた。
「おい、お前」
「・・・・・・」
「・・・・・・っロロノア・ゾロ!」
「はい。なんでしょう」
漸く呼ばれた名前にのみ反応を示すと、ぐぐ、と眉間の皺が深くなる。それでも表情を変えないゾロに歯噛みしていた王太子は、勢いよく指先を突き付けると声高に宣言した。
「俺と勝負しろ!!」
「・・・・・は?」
突然の決闘申し込みに、さすがにゾロの表情が崩れる。怪訝そうに眉を寄せるゾロに対しての王太子の言い分はこうだった。
自分は剣術、体術も十分に仕込まれており、いままで勝負で負けた事が無い。その自分と争ってゾロが勝つ事が出来たなら、今の無礼は許してやる、と。
今度こそゾロは落胆の溜息を吐いた。確かに機敏な動作を見せる王太子は、それなりの実力があるように見受けられる。ただそれはあくまで同年代の子を相手にした場合は、である。負けた事がないと言っても、恐らく宮殿内の臣下が勝負とやらの相手であろう。という事は、負けた事が無いのではなく、勝ちを譲られているのだ。
「お断りします」
「なんだと!?俺の命令だぞ!それとも怖気付いたのか」
「いか様にも。けれどお受けすることは出来ません」
拒絶するゾロに、サンジは苛立ちを顕にする。けれど、内心ゾロも同様に苛立ちを感じていた。
それは周囲の気遣いや遠慮に気付かない王太子にもだが、それ以上にたった一人の王太子だからと言ってちやほやと甘やかし、真実を見せようとしない大人達に対する激しい反発だった。
入り混じる落胆と苛立ち。一刻も早くこの場を立ち去りたい。ぐ、と強く唇を引き結んだゾロは、胸中の不穏な感情を表さぬよう、最低限の礼儀を示した後に素早く身を翻した。その背にサンジの怒声が浴びせられる。
「俺は王子だぞ。その俺に逆らうのか!」
この居丈高な発言が、とうとうゾロの張り詰めていた糸を断ち切った。ぴたりと足を止めてサンジへと向き直る。その瞳には静かな炎が宿っており、真っ直ぐに射抜かれたサンジは僅かに息を呑んで身体を強張らせた。
「俺は貴方に仕えるのではない。この国に仕えるんだ」
国王は確かにゾロにそう言った。国王自身に忠誠は要らぬと。国と民のことだけを思い、自らが見つけ出した相応しい人物にその身を捧げよと。
「貴方では、ない」
繰り返された言葉に、サンジは唇を噛み締めて俯いた。蒼空の瞳には薄い膜が張られており、駆け寄って肩を抱いた女官が咎める様な視線を送ってくる。間違ったことを言ったとは思わないが、短気を起こした自分にも非はあるのだ。後で父親に事の顛末を話し詫びておかねばなるまい。
「・・・・失礼仕りました」
「・・・・・・もしも」
なんにしても、これ以上此処にいることに意味は無い。軽く頭を下げて今度こそ立ち去ろうとしたゾロは、またしてもサンジの声に引き止められた。
瞳一杯に溜められた涙が瞬きと共に滑り落ちていく。冷たく濡れる頬を拭おうとした女官の手を振り払い、毅然とした表情のサンジがゾロに向かい合う。
「もしも俺が、お前の、思うような人間になったら、真剣に相手、してくれるのか」
堪え様として堪え切れずしゃくりあげる声は、先程の居丈高な雰囲気が嘘のように真摯で切実な響きを含んでいた。
この時になって初めて、ゾロはこの王太子がただ甘やかす周囲に寄り掛かっていたのではない事に気付いた。
子供心におかしいと感じ、感じながらも流されるしかなかったのだ。
八歳と言えば十分に分別のつく年頃だ。悪いのは周囲の大人で、サンジ自身には全く非がないと言えば嘘になるが、今必死にゾロに問い掛ける子供からは自ら前に進もうとする強さが感じられた。
「俺の思うようになる必要はありません」
静かに告げれば、拒絶されたと思ったのだろう小さな肩がびくりと揺れる。その様子に表情を和らげて、ゾロはゆっくりとサンジの前に跪いた。
「殿下が御自分でお考え下さい。この国を善く治めて下さっている陛下の御子として、殿下御自身がどう在るべきなのか、どう在らねばならないのか」
噛み締めるようなゾロの言葉にぱちぱちと瞬きを繰り返すサンジは、頭の中で必死に理解しようとしている様子だった。頭を撫でたい衝動を抑えながら、国王の前での自分もこんな感じだったのだろうかと内心苦笑する。実際国王は遠慮なくゾロの頭を撫でてくれた訳だが、まさか自分が王太子に対して同じ行動に出るわけにも行かないだろう。代わりに小さな手を両手で包み込むように押し戴いた。
「周りの人々に言われたからではなく、殿下御自身がお考えになり、そして答えを得られたのなら。その時はこのロロノア、いかなる御命令にも従いましょう」
そっと持ち上げていた手を離し叩頭する。暫くの間考え込んでいたサンジは、ゾロの言葉を理解するにつれ瞳に輝きを取り戻していった。
「本当だな?」
「御約束致します。我が剣と、騎士の誇りに賭けて」
深く頷いたのを確認したサンジがほっと笑みを零す。それにつられてゾロも微かな笑みを浮かべた。
目の前の子供は既に八歳。けれど未だ八歳。世間知らずで父王の威光や自らの立場に甘えている感は否めないが、今後如何様にも様変わりしていく事が可能であろう。
約束を果たす日は案外近いかもしれない。勿論半人前に過ぎない自分も、偉そうな説教を垂れてしまった手前、それに恥じない努力を重ねて行かねばならないのだが。
約束など無くとも鋭意努力する覚悟はとっくに決めている。しかしその他愛ない約束は、意外な強さでゾロを支えてくれる予感がした。
一方サンジは、父王以外の人間に叱られた事に、少なからず驚いていた。
父王はなかなかに厳しい人物である。「生意気言ってんじゃねぇ!ちびなすが!」とぺいぺい転がされたことは数え切れないほどだ。ただその裏に愛情が潜んでいることは幼い心にも十分に伝わっており、忙しい父親との数少ない係わり合いであったから別段気にしたことも無かった。
しかし周囲の大人達は、生まれて直ぐに母親を亡くし、父親とは何日も顔を合わせない事が多い幼子を哀れと思っていた節があったようだ。
彼等はサンジが何か悪戯を仕掛けたり無茶な命令をしてみたりしても、困ったような表情でやんわりと嗜める程度で叱る事は無かったのだ。
初めの内こそ大人が自分の言いなりになる事が面白く、自分は特別な存在であると思い上がっていた。だが、徐々に物事が理解出来るようになると同時に、自分の置かれている状況にどこか違和感を覚え始めた。
それでも何が違うのか分からない。感じた違和感が正しいとしても、今まで様々な事を許されてきたせいで、何をどうすればいいのかが分からない。結果、サンジは周りの大人達の態度に流されてきたのである。
そこに現れたのが、目の前の少年だった。
彼も他の人間とそう変わらないだろうと思った。いや、違和感を覚えていたと言っても結局甘やかされることに慣れきっていたサンジは、誰かが自分に逆らうことなど想像だにしていなかったのだ。
あっさりと予想を裏切ってくれた少年は、これまたあっさりとサンジのなすべきことを示してくれた。言葉は抽象的で今のサンジには完全に理解することは難しかったけれども、自分が変わらねばならないことだけははっきりと分かった。
分からざるを得なかったのだ。
このまま流されたりせずに自分でしっかりと考えなければ、この少年の目に二度と自分は映らないだろうと、直感的に悟った結果だった。
「では殿下、失礼仕ります」
「・・・・ああ。約束、忘れるなよ」
「はい」
彼にとっては戯れにも近い約束かもしれない。けれどサンジにとっては重く真摯な制約を交わした後、数歩後方に退いて退出を求めたゾロに、鷹揚に頷いて許可を下す。
気に食わない部分は多々あるけれども、それ以上にこの騎士に軽蔑されることは我慢がならない。
出会って早々に無視を決め込んでくれて、勝手に落胆し、挙句説教までしてくれた生意気な新米騎士はサンジにとって色々な意味で初めての存在だった。
サンジの了解を得て立ち上がった少年の髪がふわりと揺れる。
この時初めてサンジは相手の色彩に目を奪われた。
自分に比べて僅かに浅黒い肌。丸い頭を覆うのはふわふわとした柔らかそうな萌黄色の髪。先刻向けられた瞳は激しくて恐れを抱いたが、静かな光を取り戻した今、吸い込むような翡翠色をしていた。
(まるで春の草原みたいだ)
まじまじと見上げるサンジにほんの少し首を傾げた少年は、再度小さく頭を下げて背を向けた。扉が閉まる寸前、入り込んだ日差しに短く切り揃えられた萌黄色の髪が淡く反射する。
その柔らかな光は、幼いサンジの心に酷く鮮やかに焼き付いた。
王国暦374年。後に強い絆で結ばれることになる二人は、こうして邂逅を果たしたのであった。
始まってしまいました。西洋風味長編。
色々と細かい点は気にしないで頂けると嬉しいデス。
(’10.4.7)
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