マーメイドの甘い罠
「ねぇサンジ君、今年はゾロにどんなチョコあげたの?」
冬だというのにどこか暖かで優雅なバレンタインデーの昼下がり、ごく自然を装って掛けられたナミの言葉にそれまでパタパタと忙しそうに働いていたサンジの動きがぴたりと止まる。
そんなサンジの姿にナミの隣で本を読んでいたロビンの口元が穏やかに上がり、退屈そうに生簀を見ていたゾロの目線がゆっくりとナミとロビンに戻された。
「い、いやだなぁ、ナミさん。何で俺がこんなクソマリモに・・・」
「あら、毎年私達にくれるのとは違うのあげてるんでしょ?」
知ってるんだから、と呟いてナミは首を傾げてみせる。
もちろんこの角度にサンジが弱いと知っているからだ。
実際サンジの顔はどんどんと赤みを増し、その目はぎこちなく泳ぎだしている。
「あまり苛めちゃ可哀相よ、ナミちゃん」
「なによ、ロビンだって昨日部屋で知りたいって言ってたじゃない」
それとも自分だけイイコ振るつもり?そうナミに言われてロビンがまさか。とでも言うように目を細め、読んでいた本からナミと同じようにサンジへと目線を移す。
そして顎に手をあてテーブルに肘をついてその名を呼ぶその表情は確かに可愛いとしか形容のしようがない。
遠目から見てもサンジの額を汗が一つ流れたのが見て取れた。
「おいお前ら、その辺でやめとけ。それに俺ぁ貰ってねぇよ」
そうして着々と罠に嵌っていきそうなサンジに今まで見ているだけだったゾロが口を挟めば、まさか会話に入ってくるとは思っていなかったのだろうナミとロビンが驚きに目線をサンジからゾロに移動させ、しかしすぐに「嘘ね」と言って楽しそうにその目を細める。
ゾロだって自分に話題を振られない限りは関係ないと知らない振りを通そうと思っていたけれどこのままではサンジは知恵熱でも出して倒れてしまうかもしれない。
何をそんなに悩んでいるのか知らないけれどここでサンジに倒れられてはこれから後に控えた3時のおやつと夕食時に船長が暴れだすのは必須の出来事で、そのとばっちりを受けるのは間違いなく自分だ。
だからわざわざフォローを入れるべく口を出した。
そうでなければこの二人に楯突くなんて馬鹿なことはしない。
けれどまぁ、この場を切り抜けるのなんて簡単だろうと口を開こうとすれば少しの期待と大量の不安を抱えたサンジの目と視線がぶつかる。
それにやる気なさげに、けれど小さく頷いてゾロはナミとロビンを前から見据えた。
無意味に慌てるから妙な誤解をされるのだ、堂々としていればいい。やましいことなど何も無いのだから。
ゾロが空気を吸って、ほんの少し空気が揺れた。
「嘘なんか吐くか。今年は"まだ"何にも貰ってねぇ」
「ちょ・・・・っ!」
「あっらー?」
「まぁ」
それにチョコレートは貰ったことねぇ。だから俺のチョコレートなんて狙っても無駄だ。と言えば一度だけ表情の消えたナミとロビンの笑みがどうしようもないほどに深まり、視界の端でサンジがガタリと崩れ落ちる。
そう、出会った日からゾロはサンジからこの日にチョコレートを貰ったことなどない。貰うものと言えば毎年特上の酒とそれに合う極上の肴。
わざわざ調達するのも大変だろうから他のクルーと同じもので良いと言っても何故かサンジは頑なにそれを拒び、その日ばかりはゾロの飲酒を止めはしない。
それにいつもサンジはクルーが寝静まった頃にキッチンにゾロを呼び出すからまだ昼食が終わったばかりのこの時間に貰うわけもないのだ。
だからこれでナミとロビンはこの話題に飽き、サンジもホッとすると思っていた。
やはり正直が一番だ。そう思っていたのにナミとロビンは「やっぱり!」と声を合わせるしサンジはまだ崩れ落ちている。
甘い物が苦手な自分用にサンジがチョコレートを作っていると勘違いしていて、それを食べたいと言う話ではなかったのだろうか。そしてそうでなければ一体何なのだろうか。
そんなキッチンの中の様子に何か間違えたか?と言えば統一しない様々な答え。
その後陽気な船大工にバレンタインデーに人と違うプレゼントを貰う意味を聞いて初めて、ゾロはサンジと同じように顔を赤らめたのだった。
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60606番を踏んで下さった長月様からのリクエスト
サナゾ+ロビンでバレンタインデーです。
ちょうど時期がバレンタインと重なったのでこの作品を今年の当サイトの
バレンタイン小説とさせて頂いたんですが、もらったリクエストの内容には
ナミとロビンにからかわれるサンジ君にそれにフォロー入れて墓穴掘るゾロ。
という素敵なシチュエーションがたくさん入っていたのに私の力量では全部出し切れませんでした・・・!
画面の中に4人というのは思ったよりもハードでしたが4人が私の好きな関係性だったので
最初から最後まで楽しく書かせていただくことが出来ました。
サンジとゾロの関係はどうやらゾロはあんまり自覚してなかったみたいですね(笑)
長月様、この度は素敵なリクエストありがとうございました。
思いの外男性陣がアホな子になってしまった感が否めないのですが
お怒りや返品等はいくらでも受けさせていただきます!(笑)
ではこの度は本当にありがとうございました!