「う〜〜〜さびぃ・・・・」
見張り台の上で毛布にくるまったゾロは、ぎゅっと身体を丸めながら低く呟いた。
メリクリ
細く高く、風の鳴き声が聞こえる。ゆらゆらと揺れる足元は、しかし歩みを妨げる程の激しさはなく、暗闇に覆われて伺う事の出来ない海面も比較的穏やかなのだろうと推測できた。
身を切るような冷たい風に肩を竦める。歯の間から押し出される吐息が白く広がり、先刻からぴりぴりとした痛みを感じている鼻は真っ赤に染まっているだろう。
今の自分がトナカイだったら、世界的に有名な赤い服の老人を乗せたソリを引いて走らねばならなかったかもしれない。
ふとそんな事を考えてから苦笑する。どうやら自分は自分が思う以上に浮かれてしまっているらしい。
今日は大切な仲間であるトナカイの誕生日パーティー。明日はクリスマスパーティー。祭りが大好きな船長の独断で決定された予定ではあるが、異議を唱える者は一人もいなかった。
本日の主役であったトナカイは既に夢の中。赤鼻ではなく青鼻で。サンタクロースではなくちょっと変わった医者を乗せたソリで。星々の間を自由に駆け巡っているかもしれない。
願わくば、彼の上に幸せな夢が舞い降りんことを。
そっと微笑んで夜空を見上げたゾロは、ちらちらと白いものが視界の上から下へと通り過ぎていく事に気付いた。
「雪・・・・寒いはずだ・・・」
漆黒の空間から溢れ出てくる純白の粉雪。
ナミ達が見れば綺麗だと笑っただろうし、積もればルフィ達が喜ぶだろう。どちらの立場にもいない自分が最初に見つけたのは、空にとって些か誤算だったかもしれない。
「ああ・・・・そういやこういうのが好きそうな奴がもう一人居たな」
そしてその人物はもう直ぐここにやってくる。
もう少しだけ待ってろよ、と口の中で呟き手摺りに背を預ける。それから左程間を空けずに漂ってきた温かな香りに鼻腔を擽られて、ゾロは僅かに口元を緩めた。
「よ。見張りご苦労さん」
軽い声と共に現れたのは、この船のコックだった。
何時もの様に銜え煙草で夜食を詰めたバスケットを手にしている彼は、厚手のコートとマフラーまで装着していた。ゾロよりも白い肌のせいか、鼻の頭や耳が赤く染まっているのがやけに目立つ。それでも彼の顔が妙に嬉しそうなのは、ゾロの想像が間違っていなかった証拠だ。
果たしてゾロに夜食を差し出したサンジは、上機嫌のまま空を見上げて口を開いた。
「クリスマスに雪かー。おあつらえ向きだよな」
予想通りの言葉に口の中で笑いを噛み殺しながら、バスケットを漁る。焼きたてのガーリックトーストにポットに詰められた熱い野菜スープ。それから2つのグラスとワインが1瓶。口一杯にトーストを頬張ってからグラスとワインをサンジへ手渡す。
無言の要求に苦笑して、サンジはゾロの隣に腰を下ろした。並べたグラスにワインを注いで片方をゾロへと戻す。軽く掲げてから一口、口に含んだサンジの視線は再び空へと戻された。
「こんな夜は奇跡でも起こりそうだよな」
黙々と目の前の夜食を征服する事に集中していたゾロは、静かに耳に忍び込んできた言葉に手を止めた。
口に含んでいたものを飲み下してから首を傾げる。
「キセキ?」
「そ。願い事が何でも叶いそうな気がするよな」
「アホらし」
「何だよ。ツマンネェ奴」
一刀両断の返答に口を尖らせたサンジの視線は、未だ舞い降りる雪に向けられたままだ。
ぐるぐる巻きのマフラーに顎まで埋もれて空を見上げるサンジの横顔をしばらく眺めていたゾロは、まだ手をつけていなかったグラスを一気に煽ってから大きく息をついた。
「何か願い事があるのか?」
さして興味もなさそうに問いかけたゾロに視線を戻して、サンジは仄かな笑みを浮かべた。
「そうだなぁ・・・例えばどこぞのクソ剣士が名前を呼んでくれますように、とか?」
思わず絶句したゾロに肩を竦めてみせる。
間違っても「オールブルー」などという言葉が出てこないのは分かりきっていた。しかしまさか名前を呼んで欲しい、なんて願い事が飛び出してくるとは。
あまりの内容に軽い頭痛さえ覚えて、ゾロは盛大な溜息をついた。ついでに頭痛の仕返しとばかりに、腕を伸ばしてサンジの頭を小突く。
「んなもん、願うよか本人に言え」
「言ったら叶うのか?」
「さあな」
小突かれた頭を撫でながら問い返したサンジに平然と答える。「やっぱり呼ぶ気がないんじゃん」とふてくされる様にこっそりと口角を吊り上げる。
尚もぶつぶつと呟いていたサンジは、ふと気付いた様に手を止めた。
「テメェは?」
「あ?」
「テメェは何か願い事はないわけ?」
びし、と突き付けられた指先を払い除けながらゾロは眉を寄せて考え込んだ。
願い事と言われても、そうそう思い付かない。大体何かを願う事自体した記憶がない。
「奇跡に頼るような願い事はねェな。自分で叶えてこそだろ?」
「あーはいはい。オットコマエだもんなーウチの剣豪さんは」
聞かれたから答えた。なのに何故か本格的に拗ねてしまった料理人に、ゾロは小さく息を吐いて額に手を当てた。
ナミ達がこの料理人を「扱いやすい」と評していた事がある。
しかし、ゾロにとってはまったくの逆だ。小さな事で喜ぶこの男は、同じく小さな事で落ち込んだりして扱い難い。扱い難い上に解り難い。
今も膝を抱えてじっとりと此方を見ているサンジの視線をひしひしと感じる。
一体どうして欲しいんだと内心呻いたゾロは、脳裏に一つの案が浮んで閉じていた瞳を開いた。
「ああ・・・一つあったな」
「お?なになに?」
途端目を輝かせたサンジにやりと笑う。そして腕を伸ばしたゾロは、引き寄せたサンジの耳元に口を寄せた。
「どこぞの料理人の一世一代の告白ってヤツを聞いてみてぇ、な」
「・・・・・・はぁ!?」
「奇跡。おきるんだろ?」
引き寄せた腕を離し再び元の距離に戻ったゾロを、サンジは間の抜けた表情で見遣った。
愛の告白なんていつも言っているのに。それこそ毎日と言っても良い位に。なのに目の前のこの男は改めて告げろというのか。しかもその願い事は先刻自分に「願うより相手に言え」と告げた内容と同じようなモノではないか。
呆れ半分戸惑い半分。そこに少しの不満と照れ臭さを織り交ぜたサンジをにやにやと見ているゾロ。いかにも意地の悪そうな笑みであるのに、何故か怒る気にはならなかった。
優しく響く風の歌声に押されて暗い海を滑る船の上に、舞い降りる白い雪。
幻想的な光景に飲み込まれたのか。それとも今日という日が持っている特別な空気に巻き込まれたのか。
「・・・・よし。心して聞けよ」
「おう」
どちらでも良いと思った。世界はこんなにも静かで、こんなにも綺麗で、目の前には愛しくて堪らない相手が居る。
神妙な表情で座り直したサンジは、一つ深呼吸をしてから真っ直ぐにゾロを見詰めた。
「ゾロ。俺は、アンタが好きだ。クソ愛してる。・・・・一生、俺の傍にいて下さい」
普段から口にしている愛の言葉。そして普段なら絶対に言わない未来を見据えた想い。
いざ伝えてみると予想以上に気恥ずかしい。顔に集中してくる熱に今直ぐこの場から立ち去りたい衝動を堪える。
サンジの言葉を求めたゾロは満足げな笑みを浮かべており、密かに胸を高鳴らせて返答を待つ。
「お断りだ」
「はあぁ!?」
しばしの沈黙の後、ゾロの口から零れたのは無情なもので。
それまでの雰囲気も何も全てぶち壊した言葉に、さすがにサンジも眦を吊り上げた。
「テッメェ・・・自分で言わせておいて何だその返事!」
「はっ。俺が黙ってテメェの傍に居るわけねぇだろ」
鼻で笑い飛ばすゾロにサンジが詰め寄る。
「だからってなぁ・・・!」
「だから」
肩を掴むサンジの手を横目で見下ろして眉を寄せたゾロは、顔の前で揺れるマフラーを掴み返して力一杯引き寄せた。
「一生傍にいてぇんなら、テメェが俺から離れるな」
鼻先が触れる程に近寄ったサンジの瞳を捉えて言い放つ。一瞬サンジの力が緩んだ隙に更に顔を寄せて唇を重ねる。
冷えた身体と同じに唇も冷たい。そう感じると同時に、ゾロはサンジを突き飛ばした。
「俺だけ見てろよ。―――――サンジ」
言って己の唇を舐める。
尻餅をついた格好で呆然としていたサンジは、ゾロの言葉を脳内で反芻する。反芻しながら一度引いた頬の熱が再び燃焼してくるのを感じた。
「な、何だよ。その俺様な返事は・・・・・」
止めようもなく赤く染まっていく顔を必死で隠しながら呻く。
隠そうとする手すらも赤く、いっそ頭から湯気が出ないのが不思議なくらいだ。まじまじとサンジの様子を眺めていたゾロは、忍び寄ってきた冷気に小さなくしゃみをして身を震わせた。
今、もう一度キスしたらこの男の唇は温かいかもしれない。そして今度こそ本当に頭から湯気が出たら面白いのに。
くつくつと肩を揺らして夜空を見上げる。舞い落ちる粉雪はいつの間にか綿雪へと姿を変えていた。
明日、朝日が射せばきっと。
目に映るのは白銀の世界。
サンゾロでメリークリスマス!
そしてチョッパーの誕生日でもあるわけですが。
かる〜く触れた程度で終わってしまいました・・・・。ごめんよ、チョッパー・・・・。
相変わらずのバカップルぶりです。
何があったのアンタ達。
もう少しあっさりした話になるはずだったのに、何でプロポーズ大作戦みたいになってるの。
不思議すぎる。
降っているのは雪かと思いきや砂糖の結晶だったようなお話。
最後まで読んで下さって有難うございましたー!
(’08.12.24)
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