何でそんなことが気になったのか、なんて。
自分でも分からない。
泡沫人の夢
「なぁ。あいつって、何時寝てるんだ?」
広大なキャンパスに本日の空模様を描く使命を担った絵師は、複雑な技巧を凝らす事は放棄したらしい。
べったりと青い絵の具を塗りたくっただけの空間を哀れと思ったか、燦然と輝く太陽が四方に腕を伸ばして作り出した凹凸に、辛うじて空としての体裁を繕っていた。
そんな出来損ないの空に紛れ込んだ1羽の海鳥。
完成度を高める為に訪れた訳ではないのだろう、来たときと同じ様に気ままに飛び去っていく。
顔の上を通り過ぎて行く影など気にもせずに呟かれたのは、そんな一言。
「・・・・本人に聞けば?」
「それはやだ」
広げられたパラソルの下、デッキチェアに腰掛けくつろぐ二人の女性の内、オレンジ色の髪をした少女が答える。それに更に即答したのは直接甲板に寝転んで、最初の一言を呟いた男だった。
横目で見下ろした少女が呆れたように鼻を鳴らす。
「だったら自分で調べてみたら?寝てばっかりいないで」
「そうよ?何の努力もなしに結果だけ手に入れようなんて、怠慢というものよ」
隣の艶やかな黒髪の持ち主まで参戦してきた。一瞬怯んだ男にちらりと視線を交し合い、どう好意的に見ても「にんまり」としか表現出来ない笑顔を浮かべる。
魔女を冠するに相応しい笑みの二人に挟まれた男は、本格的にからかわれる前に敵前逃亡という汚名を敢えて被ることを選択したのだった。
甲板を逃げ出したゾロは、行く当ても無く船内をぶらぶらとしながら首を傾げた。
何故今頃になって気になったのだろう。「あいつ」がいつ寝ているかなど。
ただ、朝は誰よりも早く起き出して、昼間はばたばたと落ち着きがなく、夜は夜で遅くまで仕込みをしている。
そんな「あいつ」の寝顔を見た事がない。そう、気付いて。
それがなんだか悔しい気がして。
「・・・・・うし。今日は寝ないで、あいつが寝るトコ見てやる」
そうと決まれば今の内に寝溜めしておこう。決してナミ達に言われたからではない。純粋に自分の疑問を解消するために。
誰に言うでもなく呟いたゾロは、まずは己の睡眠時間を確保する為に、最近昼寝スポットとしてお気に入りの蜜柑畑へと足を向けた。
蜜柑畑に入り込んで3本目。そこから右に4本。がさがさと葉を掻き分けながら定位置に向かう。
目指す木の根元にはいつも暖かい陽だまりが出来ていて・・・・・。
「・・・・・・・って」
当の陽だまりが一つの人影に占領されており、ゾロはぽかんと口を開いて立ち止まった。
いつものゾロと同じ様に腕を組んで背を幹へと預けている。僅かに項垂れた首筋にかかる陽の光と同じ色の髪。細く癖の無い金糸の上を滑る光はきらきらと踊っている様に見えた。目蓋は伏せられており空を同じ色の瞳は見えない。ゆっくりと上下する肩がその人物が夢の国へと旅行中であることを示していた。
「・・・・・なんだ。案外簡単に見れたじゃねぇか」
些か拍子抜けした心持ちでそっと近付く。
極力音を立てないように移動して、直ぐ傍に腰を下ろす。まじまじと見詰めた先には、穏やかなサンジの寝顔があった。
「・・・・・ぶは。間抜けな寝顔」
薄く開いた口の端からは今にも涎が零れ落ちそうで、ゾロは小さく噴出した。口元を手で覆い、くつくつと声を殺して笑う。
その時、一陣の風が吹き抜けて梢を揺らした。木漏れ日と同じに舞い踊る金色の髪。
閉じた目蓋と口元にかかる髪を、そっと伸ばした指先で払い除ける。
「なぁ・・・・やっぱ、あんまり寝てねぇんじゃねぇのか?」
だからこんなに疲れて。人の気配にも気付かずに眠り込んで。
自分のことなんかほったらかしで誰かの為に必死になる、手加減を知らない君。
「無理、すんなよ?」
小さな呟きは葉擦れの音に掻き消され、虚空に溶けていった。
届かない言葉を気にするでもなく、サンジの隣に座って背を木の幹に預ける。いつもより少しだけずれた位置。見上げた空は生い茂る葉に遮られて、暖かな陽だまりもない。それでも感じる温もりはいつもと変わらないように感じた。
隣にサンジが居て、眠っていて。
感じる温もりは変わらないのに、どこか違って見えるいつもの場所。
ほんのり微笑んだゾロは自らもゆっくりと瞳を閉じたその時。
「サーンジー!!」
突然響いてきた声にぎょっとして閉じたばかりの瞳を開く。
聞こえてきたのはルフィの声だった。繰り返し隣で眠る男の名を呼んでおやつをせがんでいる。
軽く舌打ちして視線を寄越すと、未だ眠っているサンジの横顔が映る。ほっとする間も無く、他のクルー達の声も混ざり大合唱となってきた。
「・・・・むー・・・・」
低い呻き声と共にサンジの眉が顰められる。
「あんの馬鹿ども・・・・!!」
慌てて立ち上がったゾロは、大股で甲板に向かっていった。
「今日のおやつはナシだ!」
甲板に辿り着き開口一番。仁王立ちで告げたゾロに年少組のブーイングが降り注ぐ。予想通りの反応に怯む事無く、同じ台詞を繰り返す。
「何でだよー!サンジはどうしたー!」
「そーだそーだ!なんか隠してるだろ!ゾロ!」
「コックは・・・」
言い差してからゾロは口を噤む。
ただ寝ているだけだと答えれば、彼らは間違いなくサンジを起こしにかかるだろう。
それは駄目だ。何故と言われても答えきれないが、兎に角駄目だ。
暫く逡巡した後、ゾロはきっと視線を上げて口を開いた。
「コックはぐるぐる病で動けねぇ!!」
『ずがーん』と揃って擬音を背負った年少組の後ろで、ナミは苦しそうに身体を折り、ロビンは手にした本で口元を隠してふるふると肩を震わせていた。
それには気付かない振りをして、ゾロは精一杯生真面目な顔を作る。
「ぐるぐる病ー!?何だそれ!!!」
「・・・・ぜ、全身の毛という毛がグルグルで身動き取れなくなる病気だ!」
「ぎゃー!!!サンジー!!」
パニックを起こしたルフィ達がばたばたと甲板を駆け回る。
「医者ー!!・・・は、俺だ!!なぁゾロ!サンジ診なくていいのか!?」
「あ、ああ。暫く休んでりゃ治るってよ」
「そ、そうなのか!」
ほっとした様に胸を撫で下ろす彼らに、内心冷や汗をかきながらも鷹揚に頷く。
果たして仮にも海賊がここまで騙され易くて良いものか。
そんな疑問が脳裏を掠めたが、一先ずの危機を回避した事で良しとしておこう。
お前も気を付けろだの言い合う年少組を追いやって蜜柑畑に戻ろうとしたゾロは、軽やかな声に呼び止められて如何にも嫌そうに振り返った。
「もー。あんまり笑わせないでよね。堪えるの大変なんだからー」
「か・・・可愛らしい病気ね・・・」
「・・・・・うるせ」
笑みを含んだ小声に同じく小さく返す。
僅かに耳が熱い。確かに自分でもどうかと思ったが、彼女等に言われると余計に恥ずかしい真似をしてしまった気がする。
視線を逸らして眉を寄せたゾロに、ナミがわざとらしく溜息をつく。
「病気なら仕方ないわよね。今日は特別に蜜柑を分けてあげるわ。ゾロ、取ってきてよ」
「俺が?」
「あらぁ。別に私が取りに行っても良いんだけど。今他の人に行かれると困るんじゃないの?み・か・ん・ば・た・けv」
にんまり浮かべられたのは、悪魔の微笑み。言葉に詰まったゾロは、無言で踵を返して蜜柑畑へと向かう。
その背に更に追い討ちがかけられた。
「貸しにしとくからねー♪」
悪魔どころではない。最早魔王だ。
ぐらりと傾いだゾロは、しかし何とか持ちこたえて歩を進めた。背後に聞こえる含み笑いは聞こえない振りをして。
蜜柑畑へと戻ったゾロは、酷く長く感じた道のりにがっくりと肩を落とした。それでもそっと覗いた先でサンジが未だ眠っているのを確認してほっと息を吐く。
適当に蜜柑を捥ぎ取り、手摺から身を乗り出してルフィ達に声をかける。見上げる彼等にナミからだと言い置いて手にした蜜柑を投げ渡す。歓声を上げて受け取る姿にほんの僅か口の端を持ち上げてから再びサンジの元へと向かう。
「ったく・・・・。何で俺がこんな気を使わなきゃなんねぇんだ・・・」
ぶつぶつと文句を言いながらサンジの隣へ腰を下ろし、先と同じ様に幹に背を預ける。不満を口にしながらも、微かに聞こえてくる寝息に僅かに頬が緩むのを抑えきれない。
そう。自分がこの眠りを守りたいと思ったのだから仕方がない。
「仕方ねぇよな」
嘯いて瞳を閉じたゾロは、いつかのサンジの言葉を思い出していた。
『なんかさ。お前が俺の横で寝てると安心する。ああ、俺はお前に許されてるんだなーって』
『許すも何も怒られるような事してねぇだろが』
『うん。まぁそうなんだけどさ』
呆れて返したゾロに、サンジはただ苦笑していた。あの時はよく分からなかったが、今なら少し理解出来るような気もする。
そっと瞳を開いて隣の男の顔を覗き込む。
「俺は、お前に許されてるか・・・・?」
囁いた言葉に、寝ているはずの男の顔がほんのりと微笑んだような気がした。
それだけで何となく満足して、ゾロはサンジと同じ世界に旅立つべく再び瞳を閉じたのだった。
数時間後。
目を覚ました料理人が、隣で眠る剣士を発見して驚いたり喜んだりした事と。
年少組からは妙に心配され、女性陣には微妙に引っかかる笑みを向けられて首を捻ったりした事は。
ささやかな出来事に過ぎない。
24000カウントリクです。
リク内容は「珍しく昼寝するサンジをルフィ達から守るゾロ」勿論ラブラブで〜とのことでしたv
まぁ・・・守るには守っているのですが、こう・・・方向が若干ずれているというかね。
真実を知った守られる側は、けして嬉しくないだろうなぁ・・・・と(笑)
それでもゾロはゾロなりに必死なんで、許してやって下さい;;;
あずみさん。大変お待たせ致しました・・・。そして申し訳ありませぬー!!
こんなもので宜しければ、どうぞお持ち帰り下さいませ。
こちらはリクされたあずみさまのみDLFです。
(’09.1.26)
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