「時々さ、物凄く怖くなるわけ」



 久しぶりの陸。割り当てられた部屋の窓を開け放すと、爽やかな風が舞い込んでくる。
 粗末な部屋であっても綺麗に整えられており居心地が良い。身体を投げ出したベッドはスプリングが余り利いておらず、勢いに耐えかねてぎしりと音を立てたが、しかれたシーツからは太陽の匂いがする。
 大きく息を吸い込み、普段は紫煙に占領されている肺の中を陽の香りに入れ替えて満足そうに笑んだサンジが口にしたのは、そんな言葉だった。


「へぇ」
「なんだよ。そのつれない答え」
「つーか、お前こそなんだよ。この体勢は」


 気の無い返事に僅かに眉を寄せて見上げた先には、同じ様に眉を寄せた男の顔があった。
 短く刈られた若草色の髪。秀でた額。意志の強さを表すようにきりとつり上がった細い眉。その下の鮮やかな翡翠色の瞳。荒削りな様で柔らかい曲線を描く顎。そして咽喉。
 そこまで視線で辿った所で、サンジは咽喉の奥で笑った。


「だから、怖くなるって言っただろ」
「だから、それとこの体勢とどう関係があるんだって聞いてんだ」


 繰り返し低い声音で問いかけられて、改めて己の体勢を見直す。
 別段おかしな姿勢はしていない。ベッドの上にうつ伏せになって両足を投げ出しているだけだ。それから、先程から何故か不機嫌そうな男をベッドの端に座らせて、しがみ付く様に腰に手を回し膝の上に自分の頭を乗せているだけ。


 そんなに疑問に思うほどの事だろうか。


 素直な感情は、これまた素直に顔に出ていたらしい。呆れた様な溜息が降ってきたかと思うと腰に回した手を引き剥がされそうになり、慌ててさせじと更に力を込めてしがみ付く。
 無言の攻防が繰り広げられる事、数分。とうとう折れたゾロが手を離し、髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。乱暴な動作でありながら、酷くくすぐったい気持ちにさせられて、サンジは声を立てずに笑った。


「で?何が怖いんだよ」


 幾分声を和らげてゾロがサンジの顔を覗き込み、眩しそうにその瞳を見返したサンジは数回深呼吸を繰り返して口を開いた。


「お前が、いつか突然居なくなっちまうんじゃないかって」
「アホか」
「一刀両断だよ。酷ェ」


 これでも真剣なのに。

 口元には笑みを浮かべたまま、そう呟くサンジの瞳の揺れに果たしてゾロは気付いただろうか。乱暴に髪をかき回す手が止まり、こめかみから降りてきた指先がぶに、と容赦なく頬を摘み上げた。
 「イッテェ!」と上げた抗議の声も無視し、思う存分摘み上げてから手を離したゾロは赤くなった頬を擦り恨めしそうに見上げたサンジに向かって目を細めてみせる。
 

「テメェ、俺がそんなに弱いと思ってんのか?見縊るんじゃねぇよ」
「・・・・・そっか」
「そうだ」


 そんな意味じゃなかったんだけど。いや、そんな意味もある事はあるんだけど。


 ひりひりと痛む頬を撫でながらサンジは曖昧に笑った。
 その眩いばかりの命の光が消える事も怖いけれど。今、この手の中に在る温もりが失われる事の方がもっと怖い。けれどそんな事を口にすれば、頬を抓られるだけでは済まないかもしれない。
 だからサンジが口にしたのは、別のこと。


「お前が、好きだよ」
「知ってる」


 顔色も変えずに大欠伸までかまして答える男は、何処までも淡々と潔く。いつだってサンジの苦笑を誘う。


「だから簡単に死ぬなよ」
「当たり前だ」
「俺の傍にずっと居ろよ」
「テメェ次第だ」


 いっそ小憎らしいほど何の揺らぎも無く紡がれる言葉に、今度こそサンジは声を上げて笑った。仰向けになり腹を抱えて笑う姿に向けられた、呆れた様な表情。
 笑い過ぎて目の端に浮かんだ涙を指先で拭い、それをそのままゾロの目元に伸ばす。煙草を吸う自分の指先は、きっとこの男には冷たいだろう。僅かに目を眇めたゾロにサンジは一層深い笑みを浮かべた。




「愛してるよ」
「・・・・・・・・・・・知ってる」



 一拍遅れたその答えに。
 それでも声も表情も、変わる事はなくて。
 サンジは、もう一度声を上げて笑えばこの男は怒るだろうかと、そんな的外れな事を考えた。



オトコマエ過ぎる、僕の恋人。
(でも本当はそれ以上に可愛いんだけどね)



ぐっだぐだに甘い・・・・(砂吐き)
えー。白状しますと、文の最後にタイトルが来るっていうスタイルを一度やってみたいばっかりに書いた話です。
割と楽しかったですよ。
サンジが笑ってばっかりで幸せそうなのがアホの子みたいですが(笑)

では最後まで読んで下さって有難うございましたv
(’08.5.17)

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