その島に立ち寄った事に他意はなかった。ただ補給をする為だけ。
Can do it
with
you
小さな島だった。取り立てて挙げるべき特徴も無く、人々はただ穏やかに日々を過ごす。そんなのんびりとした島。
しかしながら市街地は若々しい活気に溢れており、足を踏み入れた一同を暖かく迎え入れる。何か祝い事でもあるのかと問いかけたクルーに返ってきた答えは、この島を治める王の世代交代があるという事だった。
時期王となるのは、まだ年若い王女。女性である事や年齢が若い事については誰も不安に感じていないようだ。現国王が補佐を勤める事、そして何よりも当の王女が心強く、優しさに溢れた人物だという事。そう語る住民の表情からは、そんな人物に付いて行ける事への喜びを感じさせた。
そう。それは小さな島で祝われた小さな出来事に過ぎない。
何も知らない人間にとっては。
偉大なる航路を悠然と進むサニー号の甲板に一人立ち、全身で潮風を受け止めたロビンは静かに瞳を閉じた。
何よりも国を想う、年若く心強い王女。其処から思い浮かべるのは、あの砂漠の国にいる少女の事。
最近仲間になったフランキー以外のクルー達には忘れられない人物だった。かの島を出港してからは自然、その人物についての会話に花を咲かせる。興味深く聞いてくる最年長者に、どれだけひたむきで勇気に溢れた少女だったか。離れてしまっても大切な仲間であるか。語るクルー達は誰も笑顔を浮かべていた。
ロビンとの関係については誰も言及しない。それは遠慮という意味ではなく、彼らにとってはどちらも大切な仲間だからで。その心を嬉しく思いつつも、やはり話に加わるのは憚られて、ロビンはそっとその場を離れて今此処に立っている。
録に会話も交わした事のない少女。自分に向けられた視線は何時だって険しく、ぶつけられた想いは何時だって激しくて。
今彼らと共にいる自分を彼女はどう思うだろう。今の自分に出会ったら彼女はどんな瞳を向けてくるだろう。
閉じた瞳の奥に光りが踊った気がしてゆっくりと目を開ける。目の前に広がった空は、あの少女の髪の様に透き通った青色をしていた。
「私は、貴女に掛ける言葉を持たない・・・」
彼女が謝罪の言葉を求めるならば、いくらでも。
しかし、それはきっと表面だけの薄っぺらな言葉になるだろう。だって自分は後悔していない。自分の夢の為に進み、夢の為に全てを投げ出そうとしただけだから。
そしてまた、許せとも言えない。忘れる事も出来ない。後悔はしていなくても、それは確かに自分の罪だから。
微かに息を吐くと、ロビンは手摺に寄り掛かり風に弄られ踊る髪を掻き揚げた。
誰よりも、何よりも国を愛し守ろうとした少女。地を潤す優しい雨の様に、心を和らげる可憐な花の様に、その姿は強く人々の心に焼き付いている事だろう。
もっと違う形で出会えたなら。
きっと今自分は仲間達と共に、笑顔で彼女の話をすることが出来ただろうに。
「どうか、かの国にこれからも優しい雨が降り注ぎますように」
何の言葉も持たない自分。せめて祈る事だけは許して欲しい。今、自分が夢に向かって歩んでいけるように、彼女が守りたかった国が、このまま穏やかな時を過ごせますように。
祈る様に胸の前で両手を組み、水平線の先を見つめる。
どれだけの時間そうしていただろう、ロビンの傍らに一羽のカモメが舞い降り、一通の手紙を落としていった。
不審に思って拾い上げたその封筒の表面には「麦わら海賊団へ」裏には×の印。
密かに跳ね上がった鼓動を隠し、ロビンはそれをキッチンに居る仲間の元へ届けに行った。
歓声を上げて手紙へと集まったクルー達は、それぞれに向けられたメッセージに擽ったそうに笑う。その様子を出来るだけ平静を装い一歩下がったところで眺めていたロビンは、突然手招きされ目を見張った。
几帳面に整った、しかし柔らかい文字。それぞれのクルー達に当てた内容の一番下。其処に書かれているのはロビンの名前。
はじめまして、ニコ・ロビン。
私の名前はビビ。遠い国にいるあなたたちの仲間――――。
それは確かに仲間としての自分に向けられた言葉。
驚きを隠せないロビンを周囲のクルー達は温かい瞳で見守る。
「ああ・・・・・そうね」
読み終わり、手紙をナミへと手渡したロビンはふわりと微笑んだ。丁寧に手紙を封筒へ戻したナミが黙ったままロビンを抱き締め、同じように微笑む。その温かさを感じながら、ロビンの心はかの国へと羽ばたいていった。
そう。彼女に掛ける言葉はきっと。
「初めまして、ビビ。私はニコ・ロビン。新しい貴女の仲間・・・・」
いつか、再び出会うことがあったなら。
今度は仲間として手を取り合い、笑い会える日が来るように。
END |