指先が震える。
      餓えにも似た恐怖が背筋を撫でる。
      凍りついた心臓は脈動を繰り返す度にひび割れ、壊れてしまうのではないだろうか。
      冷えた心とは反対に、熱にうかされた様な脳にひとつの言葉が反響する。
      乾いた唇を必死の思いで開き、サンジは先程から脳内で暴れる言葉を吐息と共に吐き出した。




     「あー・・・・・煙草・・・・・吸いてぇ・・・・・」




      禁煙生活2日目のことである。


          その唇に必要なもの


      事の起こりは3日前。
      まもなくサンジの誕生日と言うイベントを控えた一味は、盛大なパーティを計画していた。
      本当は陸で宴会を開き、驚かせたかったと言うのが一同の思いではあったが、当のサンジが自分の誕生日を覚えていた事と
     そのパーティの時も自分で料理を作りたいと強く希望した為、珍しくナミが大盤振る舞いをし大量の食材を買い込んで出航したのだった。
      もちろんその時に、煙草も充分に買い込んだのだが・・・。

      出航して1日目。
      一体どんな遊びをしていたのか、年少組が倉庫内に水をぶちまけてくれたのだった。
      幸い小麦粉等の粉類に被害は無かったのだが、唯一倉庫の隅に置かれていた煙草が損害を被った。
      乾かしてみたが、まずくてとても吸えたものではない。

      以来、2日間。強制的に禁煙を余儀なくされたサンジは今、禁断症状に苦しんでいた。


     「あーもう!!吸いてぇ吸いてぇ吸いてぇ!!」


      両手でぐしゃぐしゃと髪を掻き毟り、大声を上げる。
      その手をぴたりと止めると今度は大きな溜息をついた。

     「今日はパーティの料理を作らねぇといけねぇのに・・・」

      自分の誕生日には、全員の好物を作ると決めていた。
      何でも喜んで食べてくれる仲間達だが、やはり好きなものが出た時にはより喜ぶ。
      料理人として、そんな顔を見るのは最高の喜びだった。
      だからこそ。
      自分の誕生日には全員の好物を作って、全員の喜ぶ顔を見て、それで自分も幸せな気分になりたいと。
      そう思っていた、のに。

     「あんの、クソ野郎共・・・!!」

      搾り出す様な声と後姿は、さながら地の底から這い上がってきた怨霊の様で。


     「ひぃっ・・・・・・」
      うっかりキッチンを覗いてしまったチョッパーは涙目になりながらじりじりと後ずさっていった。


     「チョッパー?どうした?」
     「!!」 
      後ずさりした背中に何かぶつかり、チョッパーが声の無い悲鳴を上げ振り向くと其処にはこの船の剣士が立っていた。
     「咽喉渇いたから水でももらおうと思ったんだが・・・お、おい!?」
      ゾロが言葉を終える前にチョッパーは彼の手を取り、凄まじい勢いでキッチンから離れた。


     「んで?どうしたんだよ」
      通路の端まで引っ張られたゾロは、未だ涙目のチョッパーに首を傾げながら問いかけた。

     「いいい・・今、サササンジには近付かない方がいいぞ・・・!」
      ガタブルと尚も震えるチョッパーに再度首を傾げる。
     「すごく怖いぞ・・・!お、俺トナカイ鍋にされる・・・っ!」
     「ああ・・・あれか。煙草」
      ようやく納得がいったゾロにがくがくと頷く。ついにその大きな瞳からは大粒の涙が零れ落ちていった。
      その様子に軽く苦笑し、頭を撫でてやる。
     「大丈夫だ。お前はルフィ達とでも遊んで来い」

      心配そうに何度も振り返るチョッパーに笑って手を振ったゾロは、ひとつ溜息をつくとキッチンへと足を向けた。


    □□□□□□□□□□□□□□□

 
  

     「おい。そこのニコチン中毒」
     「・・・・ああ?なんだよ。アルコール中毒」

      振り向いたサンジの背後には人魂でも浮かんでいるかの様で。

     (あー・・・重症だな・・・)

      深く溜息をつく。

     「んだよ。人の顔見るなり溜息付きやがって、失礼な奴め」

      不機嫌に言い募ってくるが、身体はぐったりと力が抜けている。喧嘩に発展する気力も無いらしい。
      再びこれ見よがしに溜息を付いてみせたゾロはゆっくりと歩み寄りサンジの顔を覗き込んだ。

     「不景気な顔してんなぁ。そんなに大事か?煙草」
     「うるせ。てめぇも禁酒してみやがれ。そんで苦しめ」

      舌打ちし、顔を背けるサンジにゾロはくつくつと笑い、ポケットの中を探る。

     「おら。口開けろ」
     
      トンと額をつつかれ、サンジが顔を上げる。
      軽く開いた口の中に何か放り込まれ眉を顰めたが、ついで口の中に広がった味に文句を言う事も忘れゾロの顔を見つめた。

     「飴・・?」
     「こないだ町に行ったときに、なんか道端で配ってた。チョッパーにでもやろうかと思ってたんだが、やるよ」
      ちょっとは口寂しくねぇだろ?

      そう言って笑うゾロに一瞬見蕩れたサンジは、気まずげにころころと口の中で飴を転がす。
      暫くそうしていたサンジだが、ふと思いついたように口を開いた。
     
     「つかさ、こういう時は普通キスだろ。キ・ス!!」
     「アホか。何で俺がんな事してやんねぇといけねぇんだよ」
     「冷た!苦しんでる恋人に優しくしてやろうとか思わねぇのかよー!」
     「してやっただろうが。大体誰が恋人だ」
     「俺!とお前!」
     「阿呆」

      突然元気に喚き立てるサンジにげんなりとした表情でゾロが答える。

      微妙な会話がこれ以上続くのは耐えられない。
      尚も喚くサンジに向かって、にっこりと笑ってみせる。

      思わずその笑顔につられて言葉を切ったサンジの前髪を軽く引き、耳元に口を寄せる。




     「誕生日おめでとう。今日のメシ、楽しみにしてるぜ?」




      勝った。

      顔を真っ赤にし硬直するサンジを見てにやりと笑ったゾロは、つまんだ髪から手を離すとそのままキッチンを後にした。

     「俺・・・もしかして、あいつに勝てないんじゃ・・・」
      我に返ったサンジが呆然と呟いたのは、その姿がキッチンから消えて暫く経ってからの事だった・・・。



      果たしてその日の料理は、見事に全員の好物が並んだ豪華なものになった事は言うまでもない。




              Happy birthday SANJI! Visit you ..a lot of happiness...




     「でもさ、次の港に着くまでに、また俺禁断症状出ちゃうかも」
     「その時は、また飴でもやるよ」
     「そこは嘘でも 今度はキスしてやる 位言ってくれよ・・・」




     ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

     はい。2008年度サン誕SSです。
      日記でも書きましたが、当サイト開設後初めての麦わら一味の誕生日です。
      あんまり祝ってませんね(酷
      でも、サンジも大好きですよ。
      最近原作でも男前度上がってますよね!エロコック具合も上がってますけど(笑
      これからも、素敵ラブコックでいてください。
      お誕生日おめでとう!!

      (2008.3.2)
                         
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