いつか。この恋を諦める事が出来るのだろうか。




 君 恋




 自覚した時から、この恋は困難だと理解していた。
 自分が望んだのは、余り世間では受け入れて貰えないであろう同じ性別の持ち主であり、何よりその相手自身が何処までも厄介な人物であるのだから。
(いや、世間なんて如何でも良いんだ。乗り越えるなり踏み潰すなりすりゃ良いだけだからな。問題は・・・・アイツだ)
 苦々しく胸中で呟いたサンジは、眼下に広がる光景に同じく苦々しい息を吐いた。


 
サンジの視線の先に居るのは、うららかな陽気の中で呑気に昼寝する剣士だった。以前はナミの蜜柑畑が彼の昼寝の定位置だったのだが、ここ数日は良い天気が続いているせいか芝生甲板がお気に入りらしい。大の字になり且つ大口を開けると言う彼の職業を疑われかねない無防備極まりない格好ではあるものの、不穏な空気が漂えば直ぐに跳ね起きるだろう事は想像に難くない。
「クソ呑気に寝やがって。・・・・人の気も知らねぇで」
 口の端から零れた言葉は、瞬く間に潮風に散らされてサンジの耳にすら届かず、閉じられたゾロの瞼も揺らぎはしない。それで構わなかった。所詮サンジの呟きは秘めた想いが行き場を失ったが故の八つ当たりでしかなく、逆にゾロに聞かれてしまえば困るのはサンジなのだ。


 
自覚した困難な恋。
 世
間よりも何よりも困難なのは、目の前で眠るこの人物だった。

 
排他的、と評するのは間違っているだろう。一見近寄りがたい雰囲気を持つゾロは、確かに警戒心が強く他人を直ぐに信用することは無い。ただそれは世界の厳しさを知っているからであり、同時に仲間を守るためでもあった。それだけにゾロは一度受け入れた人間に対しては何処までも甘い。
 秘めているとは言え、邪な感情を燻らせているサンジが隣に立とうとも無防備な寝顔を晒しているほどに。







 好きだと自覚したのは1年前だった。これと言った切欠があったわけではない。

あの日も今日と同じ様にサンジの誕生日であり、女性陣は彼の代わりに料理に勤しみ、男性陣は引き篭もって何やら準備しており、ゾロは大口を開けて昼寝をしていた。そして恐らくこの後はあの日と同じ様に皆がサンジを祝ってくれて、済し崩しに宴会へと雪崩れ込むのだろう。その流れの中で瞬間的に「ああ、俺はコイツが好きなんだ」と悟ったのだ。


 理由なんて分からない。

 何故好きになったのかも、何処が好きになったのかも。



 ただ、ゾロが好きだと理解しただけだった。




 それから1年間。我ながら良く耐えてきたと思う。

 何度、愛しさを覚えただろう。

 何度、苦しみを味わっただろう。

 何度、抱き締めたいと思っただろう。

 それでも今の関係を壊したくないが為に想いを告げると言う選択肢を持たないサンジは、募る想いを閉じ込め抱え込むしかなかった。

 閉じ込められた想いが風化される事を願いもしたが、抑えられた心は逆に激しさを増して、狂おしいほどの恋情をもたらした。

 いっそ本当に狂ってしまえばどれだけ楽だっただろう。けれどそれは己の夢に防がれた。

「嫌いだと、言ってくれれば良いのに」

 そうすれば泣いて泣いて、どれだけ苦しくてもこの想いを捨てる事が出来たのに。


 今、目の前で無防備に寝ている様に、ゾロはサンジを遠ざけない。サンジの気持ちを知っている知らないと言う事は関係が無い。サンジと言う仲間を認め、サンジの存在を認め、受け入れた上で真っ直ぐにぶつかってくるだけだ。

 自身に無頓着なゾロは、一挙手一投足が他人にどれだけの影響を与えるかを知らず、無自覚にサンジを惹き付け続ける。


 全く、厄介なこと極まりない。


 こっそりと責めてみた所で、惹かれてしまうお前が悪いのだと言われれば、サンジには反論するだけの材料が無いのだけれども。


 けれど惹かれてしまう。
 
仲間としてであっても傍に居られることを幸せだと感じてしまう。

 同時に、閉じ込めた想いが苦しくて、息が詰まりそうになる。


 自覚した時から分かっていた。この恋は困難だと。


 世間体ではない。ゾロが攻略し難いからでもない。

 ゾロがゾロであるが故に恋に落ちたサンジには、ゾロがゾロであり続ける為に想いを伝える事が出来ないからだ。

 畢竟、ゾロが困難だと言う結論には至るのだが。

 眠り続けるゾロの傍に立つサンジは、胸に抱え込んだ温かい、けれど重く圧し掛かるモノを持て余して、シャツの胸元をきつく握り締めた。

 葛藤し揺れ動くサンジの心を映したかの様に、潮風に煽られた雲が千切れながら蒼穹を流れて行く。 陽に照らされ、雲に翳り。同じ表情でありながら変化を続けるゾロの顔を、飽く事無く眺める。


 いつか。この恋を諦める事が出来るのだろうか。

 ゾロがゾロとして生きて行く様を、サンジがサンジとして生きて行きながら、静かな心で見届けられる様に。


 もしかしたら可能かもしれない。どれだけ苦しいと感じていても、どれだけ恋しいと想っていても、サンジにとっての一番は己の夢であるのだから。

 波立つ心をそう納得させて、健やかに眠り続ける相手を起こさぬよう、そっと離れようとしたサンジは、突然パッチリと開かれた翡翠色の瞳に絡め取られて動きを封じられた。

「・・・・・おはよう」

「もう昼過ぎだ。寝腐れマリモ」

 いきなりの覚醒に動揺した内心を隠すために、努めて平静を装ったサンジの顔は些か引き攣っていたかもしれないが、ぼんやりと見上げるゾロは半分寝ぼけていて気付いていない様子だった。そうか、と短く返すだけで今にも再び寝入ってしまいそうだ。

「ま、いいけどな。夕方には起きろよ」

「おう。・・・・・いい天気だ」

「ああ、そーだな」

 天空に広がる蒼にゆるりと頬を緩ませたゾロが呟く。例え嵐だろうと寝る時は寝るゾロであっても、矢張り陽光の下での昼寝は気持ちが良いのだろう。そう何気なく相槌を打っていたサンジは、次の言葉で先刻ようよう納得させた心を再度波立たせる羽目になった。


「テメェはあんまり雨、好きじゃねぇだろ。晴れて良かったな。・・・・おめでとさん」


 絶句するサンジに構わず、言いたいことだけ言って満足したらしいゾロは瞬く間に寝入ってしまった。残されたサンジは度重なる不意打ちに身動きが取れず、ただその場で立ち尽くすのみだ。

「なんつー厄介な・・・・」

 眉を寄せてがしがしと頭を掻き毟ってみても、緩む口元はどうしようもない。

 いつか、この恋は諦める事が出来る。そう納得したはずであったのに、可能性は一欠片も無くなってしまった。




 一年前の今日、自覚した困難な恋は、一年経った今日、諦める事の出来ない恋だと思い知らされた。




 触れられないけれども、傍に居たい。

 苦しいけれども、恋しい。

 これから先、今日と同じ様に自分は揺れ動くだろうけれど、それも恋の楽しみだと知ってしまった。

「ま、それも悪くないかもな」

 なにせ相手は困難なゾロであるのだ。手に入れるにせよ玉砕するにせよ、はたまた何時までも身動きが取れずに密かに想い続けるにせよ、退屈しないことだけは確かだろう。

苦笑するサンジの頭上に広がる蒼穹が濃紺に染まり、賑やかな宴が始まるまであと少し。







 そして。


 諦められなかった恋の結果が出るのは、数年後の今日の話。









サン誕、だー!!
今更ではございますがね・・・。あんまり祝ってもおりませんがね・・・・。
現時点、原作では一体何処で何をしてらっしゃるのかは不明ですが、ゾロと一緒に復活を心待ちにしております。

サンジ、お誕生日おめでとうございました。
(’10.3.17)

戻る