昔、自分の道場に通っていた一人の少年。 負けん気が強くて真っ直ぐで。度々娘と張り合っては、負けて悔しそうにしていたのを良く覚えている。 親愛なる、君へ。 強くなるには如何したら良いのか。娘に負ける度に真剣な表情で聞いてきた彼に、私は何と答えていただろう。 鍛錬あるのみ? 刀の、自然の呼吸を知りなさい? どれも言ったような気もするし、どれも言わなかったような気もする。 何にしても彼は最後には、強くなりたいと誰にも負けたくないと声高に告げて、真っ直ぐで純粋すぎる瞳を向けてきた。年をとって己の限界を知り、諦める事も覚えてしまった自分には眩し過ぎるほどに。 それを思い出す度に、自分は何と残酷な事を娘に告げてしまったのかと後悔した。 女の子では世界一になれない。 何度も何度も。彼の真っ直ぐな眼差しを受けてきた娘には、その言葉がどれだけ重く圧し掛かっていただろう。思い詰めた様な表情で剣に打ち込む娘の姿に、何故私はもっと他の言葉を掛けてやら無かったのだろう。 父親の言葉に傷付いていただろう娘は彼の言葉に救われていたのだと。気付いたのは命の儚さを知る事になる前日の夜。 彼と約束したのだと。どちらかが必ず大剣豪になるのだと。誇らしげに語った娘の瞳は彼と同じで。自分には眩しい位に真っ直ぐで純粋な色をしていた。 私にはもう放つ事の出来ない輝き。その時初めて娘の、そして彼の持つ光を守ってやりたいと思ったのだけれど。 その思いを伝える前に、あっけなく。余りにも簡単に奪われた彼女の命。 残ったものは私の中に鮮やかに浮かぶ娘の笑顔。そして娘が命を同じ様に大切にしていた刀。ただそれだけ。 そして私は最後に見た娘の笑顔だけを自分のものにして、刀は葬式の日、瞳には涙を浮かべ口を引き結び、何故死んだのか逃げるのかと慟哭した少年に譲り渡した。 親戚の中にはそんな大事なものを一介の門下生に渡すなんてと眉を寄せる者も居たが、私にとっては其れはとても自然な事のように思えた。 誰もが娘を悼み、私を慰めようとしてくる中で、彼だけは前を見て進もうとしていたのだから。 娘と同じ瞳で、娘と同じ気持ちを持ち、娘の為に誓ってくれた少年。 その姿勢に酷く救われた気がしたなどと。何と情けない大人であろうか。 それから数年間、恥じる気持ちを隠し彼に教えうる限りのことを教えた。 その教えは彼の役に立っているだろうか。 娘の刀は、彼が彼の道を歩む為に生かされているだろうか。 娘を重ねて見ているわけではない。 ただ娘を、私を、救ってくれた彼の真っ直ぐな瞳を守りたかっただけだ。 更なる強さを求めて村を飛び出していった彼の瞳が、穢されていない事を祈る日々に舞い込んだ一枚の手配書。 海賊なんてと唾棄する人間も居た。こんな事に彼女の刀が使われているなんてと嘆く親戚も居た。 けれど。 手配書に写った彼の瞳は昔と変わらず真っ直ぐで、迷いが無いもので。 私はそれだけで、嬉しかった。 くいな。お前は今、彼と共に走っているのかい?何処までも真っ直ぐに、ただ自分の夢だけを追い続けて。 そうならば良い。いや、きっとそうなのだろう。彼と共に行く道はきっと、お前にとっても険しく幸福な道。 最後に見たお前の笑顔が、鮮やかに浮かぶ。 ゾロ君。若くして海に出た君には幾多の困難が待ち受けているだろう。それでも君は進んでいるのだね。娘の刀が欲しいと言った時と同じ、強く曇りの無い瞳で。 今では君が本当の息子のように思える。 君を、くいなを、想う気持ちは変わらない。その真っ直ぐで迷いの無い瞳を守りたいと思う気持ちは変わらないから。 今度こそ、師として父親として。間違えずに言葉を送りたい。 「誰の言葉にも惑わされずに。君は君の、信じる道を行きなさい」 君の帰ってくる場所は此処にある。 そういえば君は困ってしまうかもしれないね。それでも私は此処にいる。全てが終わった時に、笑って迎え入れる事が出来る様に待っている。 送りたい言葉は遠すぎて、君の耳には届かないかもしれない。 それでも良い。 今は、ただ。 これからも、君の瞳と強い想いが。 何者にも穢されない事を、祈る。 END |
某絵茶で「先生は絶対いいお父さんだよね」的な話から。 実際原作でも手配書見たときの反応が、余りにも優しくてうっとりしましたからね! そんな優しさと包容力を出したかった・・・・んですが・・・。 惨敗☆ でもワンピは好きなキャラが多すぎて大変です。 皆書きたい(笑) では最後まで読んで下さって有難うございました! (’08.5.17) 戻る |