そんな、一日。
夜は誰よりも遅くまで起きて翌日の仕込み。
朝は誰よりも早く起きて朝食の準備。
それが終わったら後片付け、昼食の準備。そしてまた後片付け。
更にはオヤツの準備。
そこまで終わらせて、やっとつかの間の休息を手に入れる。
その空いた時間の中で、キッチンの消毒やクロスの洗濯。盗み食い現行犯の撃退。果てはナミの蜜柑畑の世話などもこなす事がある。
そうこうしている内に、今度は夕飯の準備に追われ始める。
好きでやっている事なのだから、苦痛に思ったことは無いけれど。
「なんっか、疲れた・・・・・」
重い溜息を付いてジジむさく腰を叩いたサンジは、大きく伸び上がると船内のとある一角を目指して歩き始めた。
辿り着いた場所は、みかん畑の木々の間。そこに目的の人物もいるはずだった。
足を踏み入れながら、上体を木の幹の預け両足を投げ出したその人物が、蜜柑の葉と同化してしまいそうな若草色の髪を揺らしながら惰眠を貪っているだろうと予想する。
果たしてその人物は、その場所に予想した通りの姿勢で座っていた。
ただ違っていたのは。
「あれ。起きてる」
閉じられているだろうと思っていた瞳がしっかりと開かれ、その中に自分が映っている事を認めて、サンジは間の抜けた声を上げた。
些か驚いて立ち止まったサンジを見上げた翡翠色の瞳が、してやったりと得意そうに細められる。
「ハズレだ」
笑いを堪えた様な声音に「残念」と苦笑して返したサンジは、ゾロの隣に腰を下ろし同じ様に青いシャツに包まれた背中を木の幹に預けた。木々の間を駆け抜けた潮風が青々と茂った葉を揺らし、その葉の隙間を縫うように地面へと降り注いだ光がきらきらと踊る。
「残念って何が」
暫くの間ボンヤリと光の軌跡を眺めていたサンジの耳に穏やかな声が届いてくる。
ちらりと視線を向けると、声の主はサンジの方を向くでもなくのんびりと前方を見ていた。
きっと自分を驚かせる為だけに必死で起きていたのだろう。その瞳は眠そうに何度も瞬きを繰り返しており、思わず頬を緩める。
「ん。寝てたらこっそり膝でも借りようかと思ってたのに」
「ははっ。なんだ、それ」
サンジの言葉に軽く笑ったゾロは、すいと手を伸ばすとサンジの腕を取り引き寄せた。そしてサンジが傾いだ身体を立て直す前に、今度は頭部に手を当て、ぽすんと己の膝の上に沈める。
「そんなの、寝ていようが起きていようが関係ねぇだろ」
驚いた様に仰向けになり見上げてくるサンジに向かって鮮やかに笑ってみせる。
降り注ぐ木漏れ日が眩しいのか、それともゾロの笑顔が眩しいのか。手を翳したサンジはゆるゆると息を吐き出し瞳を閉じた。
暖かい光が手を通り抜け目蓋の裏まで侵入してくる。そして緩やかに髪を撫でてくる大きく、無骨な手。
それは酷く心地良いものだった。
「・・・・・・俺、やっぱりアンタが好きだ」
「そうか。俺はテメェが嫌いだな」
囁く様に告げれば、微かに笑みを含んだ声で答えてくる。
その可愛くない答えにくつくつと笑い、翳した手を更に持ち上げて、髪を撫でる手を捕らえる。
「好きだ。大好きだ」
「嫌いだ。大嫌いだ」
手を取り合ったまま幾度かそんな会話を繰り返した後、持ち上げられた目蓋の下から覗いた蒼い瞳と、軽く伏せられた翡翠色の瞳がぶつかり、二人は再び密やかに笑った。
握った手をそっと離すと、サンジはぱたりと地面に両手を投げ出し大きく息を吐く。
「あー・・・何だか眠くなってきた・・・・」
「寝れば良いじゃねぇか。俺も眠い」
事も無げに答えたゾロが、今度は撫でる事はせずにくるくると指先で金色の髪を弄ぶ。絹糸の様な髪が陽の光を受けてきらきらと輝く。それが何だか特別なものに思えて、何度も何度も指先に巻き付けてみる。
擽ったそうに身を捩ったサンジは、寝返りを打つとゾロの腰に手を回して額を擦り付けた。
「駄目だろ。やる事が一杯あるんだ」
「偶には良いだろ。俺は寝る。お前も共犯だ」
「共犯。良いね、その響き」
内緒話のように声を潜めて三度、くすくすと笑い合う。
それからサンジがゆっくりと瞳を閉じたのを確認して、ゾロも一つ大きな欠伸をすると両腕を頭の後ろに回し、共に夢の世界へと旅立っていったのだった。
「サーンちゃーん!!腹減ったー!!」
空腹を訴えたルフィがサンジを探してばたばたと船内を走り回る。それに便乗したウソップとチョッパーまでがサンジの名を大声で呼び出す。
騒ぐ三人に眉を寄せたナミの隣で、軽く笑ったロビンが胸の前で腕を交差させた。
「「「サーンジー・・・・もが」」」
声を揃えて料理人の名を呼ぶ三人の肩から細い上が生えて、それぞれの口を塞ぐ。
三対の抗議の視線を受けたロビンは、動じる事無く人差し指を立てて口元に当てる。
「三十分だけ、我慢なさいな」
優雅に微笑んだ彼女に、呆れた様にナミが肩を竦めてみせた。
「何?バカップル警報?」
質問というより確認に意味合いが強いその言葉に、ロビンは蜜柑畑がある方角に視線を向けるだけで答えた。
それだけで正確な意味を汲み取ったナミは、軽く溜息を付いて読みかけの本を閉じると、つかつかと口を塞がれたままの三人に近寄り凄みのある笑顔を向ける。
「今から三十分。五月蝿くした奴には特大雷をお見舞いするからね」
青褪めた三人がこくこくと頷くのを確認して、腕が消える。それでも大声を上げなかった事に満足そうに笑うと、ナミは再び本を広げた。
「あら。優しいのね」
「ま、偶にはね。いつも頑張ってもらってるから」
嘯いたナミに柔らかい笑みを向けたロビンは、自らも手にした本へと意識を戻した。
固まって慰めあう二人と一匹。優雅に本を読む女性達。
そして密やかに、穏やかに眠る恋人達。
全てのクルー達の上に平等に暖かい日差しが降り注ぎ、爽やかな潮風が駆け抜けていく。
そんな、一日。
END |