料理ってのはさ、そりゃ美味しく食べてもらうのが一番だけど。
一番だけどさ?
最低限のマナーも必要だって、思わねぇ?
美味しい食べ方
「「「ご馳走様でしたーーーー!!」」」
口一杯に食べ物を詰め込み、ばたばたと食堂を飛び出していく年少組。
チョッパーに至っては両手で口を押さえなければ食べたものが全て飛び出してしまうんじゃないって位に頬がパンパンに膨らんでいる。勿論そんな状態ではっきりと言葉に出来る筈もなく、上の3人の言葉は翻訳済みのものだ。
「全く行儀が悪いんだから・・・」
呆れた様に呟いて食後の紅茶を口に運ぶナミさんに、黙って微笑み返すロビンちゃん。
その言葉には全く同感だが、まさか二人に愚痴るわけにもいかないだろう。精一杯の笑顔を浮かべた俺は「美味しく食べてもらうのが料理人にとって一番嬉しいんですよ」なんてマニュアル通りに何のヒネリも無い言葉を返したんだ。
「「ご馳走様。今日も美味しかったわ」」
天使の微笑み(まさに!)を残して食堂を後にした二人の姿が完全に扉の向こうに消えたのを確認してから、俺は大きく溜息をついた。
目の前には『喰い荒らされた』と言う以外の表現は相応しくない程に散らかったテーブル。
「美味そうに食ってくれんのは嬉しいんだけどさ・・・・。もうちょっとこう・・・味わってくれたら良いのにな」
バラティエに居た頃は良かった。恋人同士で。或いは夫婦で。友人同士で。訪れた客はまず相手が喜びそうな料理を真剣に選び、次にその料理に合う飲み物を必死に考える。
料理が美味いのは当然。自分達が選んだ飲み物の相性が良ければ尚良し。一皿ずつ運ばれてくる料理をゆっくりと味わい、交わす会話が更に味を引き立てる。
腹を満たすだけじゃない。気持ちも幸せにするのが本当の食事だって思うんだ。
そりゃあいつ等だって幸せな気分も味わってるのかもしれねぇけどさ。時々、「違う」って思っちゃうんだよ。「もっと味わえよ!」って。
あー・・・・なんか苛々してきた。
キッチンにはまだ手が付けられていない皿がある。遅刻常習犯のあいつの分だ。
あいつはあいつで頂けねぇ。ルフィ達程がつがつしてる訳じゃねぇけど、嬉しそうに食うわけでもねぇ。食事を只の栄養補給って考えてるんじゃねぇかと思う時もある。
くそ。料理人ってのは料理作るだけが幸せじゃねぇんだぞ。食った奴の嬉しそうな顔を見るのも喜びでそれがやる気につながったりするんだっての!
ささくれだった気持ちが動作にも伝わって、重ねた食器が耳障りな音を立てる。
思わず舌打ちした時、当の遅刻魔がやって来た。
「メシ、あるか」
「・・・・・・あいよ」
相も変わらず無愛想な言葉に、負けじと愛想無く返して残してあった料理を運ぶ。言い忘れていたが、今日の朝飯はふわっふわとろっとろのオムライスだ。かなりの自信作でもある。どうせコイツはいつもみたく何にも言わねぇんだろうけどな!
我ながら子供じみている、と思う。思うけれども一度溜まった不満はそう簡単には消えてはくれないもので。
顔を顰めて皿を置いた俺に、ゾロは不思議そうに首を傾げた。
「・・・・・・?なに苛々してんだよ?」
「別に」
短く返した俺に軽く首を振ってテーブルに向き直ったゾロは、添えたスプーンに手を伸ばす。
そして。
「・・・・・・はぁ!?」
おもむろにガシッと柄を握り締めて食い始めたんだ。
俺が間抜けな声を上げたのも無理は無いと思う。スプーンを持ってなんてモンじゃない。グーの字に握って、だぞ?俗に言う「子供持ち」だ。
「おま・・・!なんつー握り方してんだよ!ちゃんと持て、クソマリモ!」

今までは普通の持ち方だったじゃねぇか!何で今日に限って。何で今日俺が苛々してんだと思ってんだ!(いや言ってねぇからわかんねぇだろうけど)
ぶちぶちと血管の切れる音がする、気がする。この無作法者に反行儀キックでも食らわしてやろうか。
本気でそう思った時、ゾロがスプーンを咥えたままこちらを向いた。
その瞬間。怒りで上がっていた筈のボルテージが、別の原因で更に上がったのを自覚した。
ちょっと待て・・・・・か・・・かわ・・・っ!!
いやいやいや可愛いなんて思わねぇし!可愛いなんて。・・・・・可愛い・・・・なんて・・・・・。
ああくそ!可愛いなこんちくしょう!
多分今、俺の顔は赤くなったり青くなったりピンクになってみたり大変な事になっているんじゃないだろうか。
現にゾロは黙々と口に運びながらも、俺の方を不思議そうに見つめている。目が合うとひょこんと首を傾げる。勿論子供持ちのスプーンを咥えたままで。
「・・・・・・・・・・御代わりは」
「ん」
溜息交じりに問うと空になった皿を差し出してきた。残っていたチキンライスを盛り、手早く半熟のオムレツを作って上に乗せる。真ん中に切れ目を入れれば、完成。
気のせいじゃなければその作業を物珍しそうに眺めていたゾロに、俺はすっかり毒気を抜かれてしまった。再び子供持ちで食べ始めた奴の隣に軽く苦笑して腰掛ける。
「あーもう。んな食べ方するから。口んとこ。おベント付いてんぞ」
自分の口の端をつついて教えると、何を思ったか、にやりと笑ったゾロはスプーンを置いて両手で俺の手を上から押さえ込んだ。
「取ってくれね?」
・・・・・・は?ちょっと待ってクダサイ。ロロノアさん。
「・・・・俺の手、使えねぇんだけど」
困惑気味の俺にますます楽しそうに笑うゾロ。
「ああ。俺の手も使えねぇなぁ。お前の手を押さえるのに忙しくて」
そうして俺は漸く奴の意図に気が付く。全く猫みたいに気紛れで掴み所が無くて可愛い奴。
「ったく・・・・・」
そっと顔を寄せて舌の先で付いた米粒を掬い取る。擽ったそうに肩を竦めたゾロは離れる瞬間に掠めるだけのキスを寄越してきた。
「サンキュ。スゲェ、美味い」
そうしてそれこそ猫みてぇに目を細めて、すい、と離れてしまう。
それだけで俺の心は舞い上がり、例の持ち方で食事を再開したゾロも「可愛い」以外に感じるものは無かった。
にやける俺にゾロが僅かに頬を染めてぎゅっと握った手を持ち上げる。
「あれだ。ガキん時の癖がたまに出るんだよな。特に好きなもん食ってる時」
「オムライス。好き?」
「卵がふわふわでとろとろなら」
ああそう。俺も大好き。そんなお前と、その握り方。
料理ってのはさ、美味しく食べてくれるのが一番だけど。
最低限のマナーも必要だと思うわけ。
でもさ。
やっぱり美味いって食ってもらうのが、一番だよな!
end. |