海賊がライバルなんて、絶対に認めない。


        It doesn't admit.


      手にした手配書。それに描かれているのは「元」賞金稼ぎ。
      賞金額1億2000万ベリー。

     「たしぎ少尉!准将がお呼びです!」

      海兵に呼ばれた女性は、険しい表情で見つめていた手配書を握り潰すと声のした方を振り返った。
      硝煙の匂いが漂う広場。5000万の賞金と言われた海賊はまるで手ごたえが無く、瞬く間に彼女が所属する海軍に制圧された。
      今しがた自分を呼んだ海兵も、制服が薄汚れてはいるが外傷は無いようだ。

     「今行きます。ありがとうございます」

      その事に安堵し労をねぎらう様に笑いかけると、たしぎは握り締めた手配書にちらりと視線を落としてから彼女の上司の元へと向かった。





      初めて「彼」と出会ったのはあの「始まりの町」での事。
      その時の「彼」はまだ、海賊としては無名だった。ただ別の名前でなら東の海では有名であり、たしぎ自身も直接会った事は無いにしろ
     その存在は知っていた。

      海賊狩りのゾロ。
      刀をお金稼ぎの道具に使う悪人であると。

      残念ながら顔までは知らなかった。ただ何となく、いかにもな外見の壮年の男性を想像していたのだ。

      最初の出会いはローグタウンの道端で。落ちた眼鏡を拾ってくれた。
      二度目は時雨を受け取りに行った武器屋で。今思い出しても苦々しい気持ちになるが、あの時感じた衝撃は本物だった。



      自分より少し年下の青年。
      しかしそれを感じさせない鋭い瞳をしていた。
      しなやかな肉体。鮮やかな色の髪。腰に佩いた刀に対しても言葉の端々に愛情を感じて、同じ剣士として親しみも感じた。

      それが憧れにも似た感情に変化したのは、あの妖刀を見たときから。

      たしぎには分からなかった。三代鬼徹が妖刀などと。
      しかし彼は一目で見破り、のみならずその妖刀に己を認めさせたのだ。
 
      あの時の彼の覇気に気圧されたのか、それとも三代鬼徹の妖気に当てられたのか。不覚にも腰を抜かした事を覚えている。
      武器屋の主人が無償で秘蔵の刀を譲り渡したのも、納得がいった。なぜならその時の自分も、彼に使われるならどんな名刀も本望で
     あろうと、本気で思ったから。





      足早にスモーカーの元へ進みながら、ぎり、と唇を噛む。
      
      あの時の自分を呪いたい気分だ。
      何故、気付かなかったのか。刀を三本佩いていた時点で。自分が夢を語ったときに、「彼」の名前を出した時に、相手が皮肉気に笑って
     見せた時点で。

      いや、気付いたところであの屈辱は変わらなかっただろう。

      彼の名前を知り、立ち塞がった自分。腕にはそれなりの自信があったのに。
      相手は決して本気ではなかった。手加減をされて、なお負けてしまった自分。あまつ、女だからと止めすらさされなかった。
      男に生まれたかったと、本気で思ったのは初めてだった。

     (なのに・・・・なのに、それすらもパクリで私を私と認めないなんて・・・!)

      屈辱の極み。思い出しても腹が立つ。
      ふと、手にした手配書に目をやったたしぎは、ぐしゃぐしゃになったそれを広げ剣呑な表情を見せると再び力いっぱい握り潰した。

     (あの男に会ってから、私は屈辱の連続です!!)

      そう。大きな内乱があったあの砂の王国でも。



      彼の国を救ったのは、勇敢な王女と。――――海賊達。



      一体、自分の信じる正義とな何なのか。
      それすらも分からなくなる様な、酷い有様だった。

      どうして自分はこんなにも無力なのか。
      そんな苦しみに囚われもした。

      何よりも。

      彼の強さに、憧れてしまいそうな自分が。一番許せなかった。

      届かないと、諦めてしまいそうだった。
      追い付けないと、認めてしまいそうだった。

      それでもスモーカーの言葉に背を押され、強くなることを誓ったのだ。

      でも本当は、あの男を越えたくて。
      スモーカーの言葉に付いて行けば、それはおのずと彼を追いかける事に繋がると思って。
      麦わらの一味ではない。あの男ただ一人を追っていきたくて。



      そこまでの執着を何故自分は抱いてしまったのだろう。



      足を止めて再び手配書を開く。
      進んでは足を止め、握り締めた紙を開く。そんな動作を繰り返すたしぎに海兵たちは不審げな表情を見せていたが、眼鏡を持ち上げ
     まじまじと手配書を覗き込む彼女にはそんな周囲の様子には気付かない。その目に映るのは全てを射抜くかのような鋭い眼差しを向ける
     「元」海賊狩り。

      1億2000万ベリー。
      司法の島を落としたがために上乗せされた金額。
      また強くなって。前に進んでいく男。迷わずに、真っ直ぐ。

     「憧れたりなんて、してません!!!」
     「しょ、少尉!?」

      今度も手にした手配書を握り潰して歩き出すだろうと思っていた海兵たちは、突然大声を上げてその紙を破り捨てたたしぎに驚きの声を
     上げた。
      しかしたしぎはそんな海兵の声も意に介さず、破り捨てた手配書もそのままに憤然と歩き始めた。



      そうです。彼の強さに憧れたりしてません。
      追い付きたいなんて、思ってません。
      彼は悪人で、私は海軍で。
      そして彼は、名刀を持っているから。私はそれを回収したいだけです!
      この執着は彼にではなくて、彼の持つ刀にです!




      私自身を認めさせたいなんて、思ってません!




      怒りに任せてつらつらと考えたその内容に、ぎくりとする。
      認めさせたい。剣士としての自分を。

      それはまるで、自分こそがあの男を認めているようではないか。
      否定しつつも彼を追いかけている自分は。その為に強くなろうとしている自分は。

      海兵である自分が、海賊である彼をライバルと認めているようではないか。


     「何処まであの男は、私に屈辱を与えるんですか・・・!」


      沸いてきた感情を追い払う様に勢い良く首を振り、駆け出す。
     「私にこれだけの屈辱を与えた代償は必ず払ってもらいます!」
      己の腰に佩いた時雨を握りひたすら駆ける。目指す先にあの男の広い背中を見た気もするが、それを認めることは出来ない。


      海賊がライバルなんて、絶対に認めない。


      自分は海兵で、正義のために戦うのだから。
      違う出会いであったなら、共に剣士として高みを目指す事が出来たかもしれないなんて、思わない。



     「あなたは私が捕まえます。そして和道一文字を回収します!」



      誓う瞳は真っ直ぐに。
      踏みしめる足は揺るぎなく。

      たしぎはただ前へと進み始めた。



                                            END

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    やってしまいました・・・。たしぎSS。
     日記でサンゾロ熱の予感vとか書いておきながら、結局女の子SSかい!自分!みたいな。
     たしぎのクソ真面目さが好きです。ゾロの事認めたくないけど認めちゃう、って感じで。
     話の中では名前も呼んでもらってませんけどね、ゾロ(笑)
     本当はゾロをライバル視してるたしぎがゾロとサンジがいちゃいちゃしてるところを目撃しちゃって
     もうなんていうか、ショック!!みたいな話を書きたかったんですけども
     色々ぶち壊しになりそうでやめました(笑)
     ちょっとぐだぐだした話になってしまいましたけども、いかがだったでしょうか・・・。

     それでは、最後まで読んでくださってありがとうございました!
     (2008.3.15)

    
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