Stairway
突然襲い掛かったスコールは、同じ様に突然去っていった。
自然の猛威を何とかやり過ごそうと駆け回りへとへとになった一同は、散々になった雲の隙間から覗く太陽の光に安堵の息を漏らす。しかし、まだ休む事は許されなかった。メリー号を牛耳る航海士から新たな命令が下されたのだ。
「休んでないで!甲板の水を掃いて頂戴!」
「えぇ〜〜!!ちょっとは休ませろよ〜!そんで飯〜」
不満気な声を上げ、航海士の黄金の右を食らったのは船で一番偉い筈の船長だった。
「も・ん・く・い・う・な」
有無を言わせぬ迫力に、全員にドリンクを作る為にキッチンへ向かった料理人以外は、それぞれ道具を手にし作業を開始した。
「この天気なら、そんな掛からずに乾くだろうに」
水を掃きながらボンヤリと呟くゾロに、ウソップが近寄って声をかける。
「乾くけど、出来れば掃いた方が良いんだよ」
「?なんでだ?」
理由が分からず首を傾げたゾロに向かって、僅かに得意そうに説明を始める。
ウソップ曰く。仮にも海を走る船だ。排水の設備や耐水性は十分に計算されているが、素材が木である事は変わらない。甲板などが水に濡れた場合毎回乾くのを待っていたら、その場所の腐食が進みやすくなるという事だった。それを出来るだけ避ける為に水捌けはした方が良いのだという。
そこまで説明し黙々と作業を再開した、この船に人一倍の思い入れがある狙撃手の後姿を見やったゾロは、そうか、大事にしてやらないとな、などと考え、同じ様に作業に没頭したのだった。
大体の場所を終え残るは階段付近のみとなった頃、キッチンからサンジの声が響く。
「んナミさぁ〜ん!ロビンちゃ〜〜ん!!ドリンク出来ましたよ〜〜!!野郎共!欲しけりゃキッチンまで来い!!」
その声に、みかん畑の確認をしていた女性陣と後甲板の担当の年少組が歓声を上げてキッチンへと向かった。
「後は階段だけだ。俺がやるから行って来い」
そわそわと視線をキッチンに向けながら、それでも作業をしようとするウソップに苦笑して促す。
顔を輝かせて礼を言い、階段へ足をかけたウソップは「ここ、滑りやすいから気を付けろよ」と振り向き、ゾロが手を挙げ答えたのを確認すると慎重に、出来るだけ急いでドリンクの元へと駆けていった。
無事にキッチンへと辿り着いた後姿に軽く笑い、肩を慣らす。さて、再開しようかと伸びをした所で、ふと気付く。
「しまった・・・。普通階段からやるもんじゃないか」
今から階段を掃いたらせっかく終わらせた甲板が濡れる。溜息をつきそれなら拭き取るかと、ゾロは布を探しに倉庫へと足を向けた。
「おい!クソ剣士!ドリンクいらねぇのか〜」
ゾロが適当な布を手にし、倉庫から出てきたのと、サンジがトレイに乗せたグラスを手にキッチンから出てきたのはほぼ同時だった。
「何だ、まだやってたのかよ」
「もう少しで、終わる」
声のした方を振り仰いだゾロは、きらきらと光る髪に眩しそうに目を細める。その様子にサンジは仕方ねェなぁ、と軽く笑みを零した。
上と下に立つ二人はこれまた同時に階段へと足を向ける。
「そういえば、そこ。滑りやすいから・・・」
気を付けろ、とゾロが口にしようとした時、既にサンジの足は無造作に階段に下ろされたところであった。
ずるっ。
「おわ!?」
あまり滑り止めの無い革靴は、いともあっさりと滑り体勢を崩す。咄嗟にサンジがとった行動は、その身を支える事ではなくトレイに乗ったグラスが落ちない様に手で支える事だった。
(やべ!)
手が塞がってしまったせいで、重力に逆らう事が出来ない。次に襲い来るだろう衝撃に目をきつく閉じたその時。
「コック!!」
慌てた様なゾロの声が聞こえた。そして何か、暖かい感触。
いつまでも襲い掛かってこない衝撃に、恐る恐る目を開けたサンジは、落としはしなかったが中身の零れてしまったグラスに軽く落胆する。それから、衝撃を感じなかった理由を知り、驚いた。
「え・・・ゾロ?」
熱烈な抱擁を交わす予定だった甲板と自分の身体の間に、鍛えられた筋肉の付いたしかし、意外と細身の身体が挟まれていた。ゾロの両腕はしっかりとサンジを抱えており、転がり落ちたサンジをゾロが庇ったのだと理解する。
「ってぇ・・・」
抱きしめられる格好に何気にどきどきしていたサンジは、呟かれた言葉に我に返った。慌ててトレイを床に置き身を起こす。
「わ、わりぃ!大丈夫か?」
ゾロを引き起こし怪我の有無を確認しようと手を伸ばしたその時。
「わ!?」
伸ばした手を掴み取られ、勢い良く引き寄せられたサンジは短く声を上げた。
甲板に座り込んだゾロに抱き締められる格好になり、再び胸を高鳴らせる。
(ど、どうしよう。クソ嬉しい。まさかゾロからこんな積極的に・・・!これはあれか?俺ァ夜頑張らないとか!?それとも、今!?)
頬を染め、一秒にも満たない時間でそこまで考えたラブコックは、さてなんと答えようかと思案した所で、己を抱き締める恋人の様子が可笑しい事に気付いた。
ゾロの呼吸は僅かに浅く、腕が震えている。まさかどこか怪我でもしたのかと離れようしたが、それは当のゾロによって防がれてしまった。
「おい、ゾロ。どこか怪我でも・・・」
「怪我、ねぇか」
仕方ないのでそのままの姿勢で問いかけたサンジの声を遮り、ゾロが口を開く。
いや、それはお前だろ、と突っ込みを入れたが再度繰り返されてサンジは軽く息を吐いた。
「ねぇよ。お前が庇ってくれただろ。俺は、大丈夫だ」
背中に手を回し、宥める様に軽く叩く。それに強張っていた身体が僅かに解れたが、抱き締める腕はそのままだった。
「ゾロ?どうした?」
「・・・・」
頑なに抱き締める男の背中を、ゆっくりと撫でる。
「ゾ〜ロ」
宥める様に、甘える様に声をかけると、ようやく返事が返ってきた。
「あいつは・・・死んじまったんだ・・・・」
「・・・・あいつ?」
意味が分からず首を傾げる。身じろぎしたサンジにゾロの肩が揺れた。大丈夫、離れないから、と意味を込めて背中を撫で続けてやる。そうしてサンジはゾロの言葉をじっと待った。
「すげぇ強い奴だったんだ」
「どっちが先に世界一になるか競争だって誓ったんだ」
「なのに・・・あいつは、階段から落ちたぐらいで・・・」
ぽつぽつと語られる内容にようやく得心する。
いつかに聞いた事がある。ゾロの故郷の話。ゾロの目標だったという少女。死んだとは聞いていたが、原因はそれだったのか。
我ながら不謹慎だとは思ったが、サンジはじわじわと込み上げてくる思いにほんの少しだけ口元を緩ませた。
「そうか。それで、お前は俺が落ちて死んじまうんじゃないかって思った訳だ」
言葉では返さず抱き締めてくるゾロの腕は未だ微かに震えていて。それは何よりも雄弁に気持ちを物語っていた。
全く。そんなに柔な身体の作りをしている筈が無いのに。
今も尚、ゾロの心に住み着いている小さなレディに僅かな嫉妬心を抱きながら。それ以上に自分に向けられたゾロの心に嬉しさと愛しさが込み上げて。
サンジは目を閉じて力一杯抱き締め返した。
「俺は死なねぇよ。テメェが死ねって言うまで生きてやる」
「じゃ、一生死ぬな」
「何だそれ。文法可笑しくねェ?」
「可笑しくねェ。もし死んだら殺してやる」
「それも可笑しいって」
「可笑しくねェ」
「はいはい。了解しました。クソ剣士様」
くつくつと笑いながら、抱き締めあう。その腕はもはや震えてなどいなくて。一層深く笑ったサンジはゾロの鼻先に軽く唇を落とすとトレイを手にし、立ち上がった。
「あ〜あ。ドリンク作り直さねェと」
肩を竦めて見せたサンジにゾロも軽く笑う。
「またテメェが転がり落ちない様に先に拭いちまおう」
そしたらまたあんたが支えてくれるだろ?ふざけんな。軽口を叩きながらすばやく作業を終えた二人は並んで階段を上り、顔を見合わせてくすりと笑う。どちらからとも無くゆっくりと近付いた唇は、あと少しという所で航海士の声に遮られた。
「あんた達ねぇ。いちゃつくんなら人目の無いところでしなさい!」
「なっ・・・!!」
「はぁい。すみませ〜ん♪・・・ってゾロ?どこ行くのさ」
顔を真っ赤に染めて凄まじい勢いで離れてしまった恋人に苦笑する。いつもならその反応に軽く落胆しなくも無いが、今日はかの人の愛情を感じまくったばかりだ。
今のサンジには、普段よりほんのちょっぴり余裕があった。
(俺が死ぬかもって思っただけで、あんなに怖がってくれちゃうんだもんなァ。実は俺って自分が思うより愛されてる?)
こみ上げてくる嬉しさに耐え切れず口元が緩む。足早に去っていったゾロはきっと今頃赤い顔のまま後甲板に居るだろう。
そんな照れ屋な恋人へのドリンクを作り直すべく、サンジは軽い足取りでキッチンへと向かったのだった。
END
はい。ゾロもちゃんとサンジが好きだよって話でした。
甘くしたつもり・・・甘いですよね?(聞くな
そしていちゃつく時のオチはナミさんでしょう(笑
それでは、読んでくださって有難うございました!
TOPへ