一週間ぶりの上陸。海賊に対して過剰な反応を示す事も無く、治安も悪くなさそうな島だった。
心許無くなってきた食材や物資の調達の為に寄港することにしたその島は、港から扇状に市場が広がり、それを抱える形で山脈が広がっていた。深い森に覆われた山の中腹に、町を見下ろすように一見の大きな屋敷が立っている。
「治安は悪くないみたいだけど、念のため船番を置きましょう。午前中はあたしとロビンが残るから、午後は誰かが戻ってきて代わって頂戴」
「俺ァ町に用事はねぇから、一日船番でもかまわねぇぞ」
甲板で転がっていたゾロは、ナミの提案に上体を起こして答える。どうせルフィ達は半日で帰ってくるなんて無理だろう。天気も良いし昼寝には丁度良い。
だが、船番を理由にゆっくり寝ようというゾロの思惑は、サンジによって打ち砕かれた。
「テメェは荷物持ちがあんだよ。マリモン」
「あぁ?何で俺が荷物持ちしなきゃなんねぇんだ」
「どっかのアル中剣士のお陰で酒のストックがねぇんだよ!自分の飲む分ぐらい運べ、寝腐れ剣士」
何時もの様に言い合いになろうとした時、ナミの声が割り込む。
「じゃ、ゾロは午前中サンジ君の買出しの手伝いをして、午後になったら荷物を持って帰って、交代してね」
にっこり、というには凄みのある笑顔を向けられて、ゾロはしぶしぶ頷いたのだった。
「半日もねぇしな。取り敢えず先に酒買っとくか」
軽い足取りで前を歩くサンジの黒いスーツに包まれた背中は、妙に機嫌が良さそうだった。少し猫背気味の背中を目で追いながらゾロが口を開く。
「なんか機嫌良さそうだな。そんなに陸が好きか?」
ゾロの言葉にサンジは身体ごと振り返り、器用に後ろ向きで歩きながら両手を広げた。
「陸は好きさ。町には綺麗なレディ達が一杯だ!」
あぁ。成る程ね。エロコックらしい。
「運命の出会いがあるかもしれねぇだろ?それに・・・・」
へぇへぇ。あると良いな。
呆れて適当に相槌を打っていたゾロはサンジの最後の台詞を聞き逃した。さっさと買出しを終わらせて昼寝をしたい。首を巡らせて酒屋を探すゾロの襟首をサンジが掴み引き寄せる。
いきなり衝撃を与えられ、ぐえと呻き次いで怒鳴りつけようとしたゾロの耳にサンジの低い声が飛び込んできた。
「ちゃんと聞けっての。クソマリモ」
「イテェな。なんだよ」
「そ・れ・に。テメェと二人で出掛けるなんて滅多にねぇし?」
デートみたいだよな?
そう言って笑うサンジの顔に、ゾロは頬が熱くなるのを感じた。
「アホか。ふざけた事言ってねぇで、とっとと行くぞ」
照れ臭さを誤魔化すように手を振り払い、先に立って歩き出す。
背後から笑い声が追いかけてきて、頬の熱が更に高まった気がした。
市場は活気に溢れていた。
客を呼び込む店員の声、少しでも安く買おうとする客と、少しでも高く買わせようとする店の主人との腹の探り合いの様な会話。品揃えも悪くないらしく、隣を歩く男の顔は真剣な料理人の表情になり、興味深げに店先を覗いていた。後ろからのんびりと付いて回り、ゾロは悪くない町だと思った。
ただ、時折町の人間達がちらちらと何か含みを持った視線を自分に投げかけてくるのが気になる。手配書のせいかとも思ったが、海軍や賞金稼ぎが追ってくる様子もなかった。
「おい、ゾロ。お前、なんか注目されてないか?」
敵意があるわけでもなく、どちらかと言えば案じる様な視線の多さに流石に可笑しいと思ったのか、サンジが声を潜めて話しかけてきた。声は出さずに頷きだけ返す。視線の意味が分からないだけに、なんとも居心地が悪かった。
視線の意味が分かったのは、漸く見つけた酒屋で買い物をしていた時だった。
食事用の酒を選んでいるサンジから離れたところで、自分用の酒を物色していたゾロに店の主人が静かに近寄ってきた。ゾロの方を見るわけでもなく黙って並び立つ。不審に思って口を開こうとしたゾロに、黙っているように合図すると酒棚を整理しているかの様な動作のまま低い声で囁く。
「此処の領主に気をつけろ」
言葉の意味が分からず、視線を投げかけ先を促す。
「此処の領主はアンタみたいな人間を手に入れるのが趣味らしい。今まで領主に捕らえられて帰ってきた奴はいない。どうなったかも知らん。悪い事は言わない。早いとここの島から出ろ」
視線を合わせないまま早口で告げると、主人は酒の位置を直しカウンターへと戻って行った。
正直、話の意味は良く分からなかったが、忠告してくれたらしいという事だけは理解した。元々補給の為だけによった島だ。夕方には出港するとナミが言っていたし大事には至らないだろうと考え、酒を選び終わったらしいサンジに自分の分を渡して支払いを終える。
交代まであと一時間弱といった所か。荷物を抱え通りに出たゾロは、軽く食事をしようというサンジに付き合って適当な店に入った。
「お待ちどう様」
無愛想なウェイターが料理を運んでくる。頼んだのは白身の魚を様々な香草と共に蒸し焼きにしたものだった。淡白な味わいに豊かな香りが絡み、嗅覚と味覚と両方を刺激する。他にも角切りにした肉とナッツ類を炒めたものや砕いたアーモンドを衣にしたフライなど、次々と並べられていった。当然のように頼んだ酒と共に口に運ぶ。
出てきた料理は悪くなかった。
悪くは無かったが、ゾロには船で食べる料理の方が美味いと感じた。
「悪くねぇな。こんな調理法もあるのか」
「そうか?俺ァ一昨日テメェが作った魚の煮た奴の方が美味かった」
感心したように呟くサンジに、思ったことを口にする。
別に本当の事だからとそのまま伝えたゾロの言葉に、サンジは一瞬動きを止めた。
「おい。顔、赤いぞ」
「おおお、おま・・・」
「?」
どもるサンジに首を傾げると、赤い顔のまま「クソ、不意討ちかよ。しかも無意識かよ、この天然マリモめ」などぶつぶつと呟いていた。その様子に思わず口元が緩む。
それに気付いたサンジは隠すように顔を背け、軽く舌打ちした後ぼそりと呟いた。
「・・・・・じゃ、この香草も買っていって、今度もっとクソ美味い飯作ってやる」
「ああ。楽しみにしてる」
そのまま、時折二言三言言葉を交わしながら食事を終える。迷子になるだろうから一旦共に船に戻ると笑っていったサンジに、ゾロは憮然とした表情を見せた。
しかし憎まれ口を叩きながらも、もう少し二人で歩きたいというサンジの気持ちは瞭然だったし、自分だって同じ気持ちがあることが分かっていたゾロは黙って荷物を抱え、二人は並んでメリー号に向かって歩き出した。
周囲から自分に向けられる視線は変わらなかったが「自分のような人間」という事は、他のクルー達には当て嵌まらないだろう。後は船で過ごして出港するだけだ。ナミ達が町に出ても問題ないだろうと考えたゾロは、酒屋の主人の話は誰にも伝えず船番を代わった。
まだ買出しが残っているサンジと女性陣が船を下りていくのを見送った後、ごろりと甲板に寝そべる。腹も満たされ、暖かい日差しが降り注ぎ、穏やかな潮風が甲板を撫でていく。睡魔を呼び寄せるには十分すぎる午後だった。
大きな欠伸を一つすると、ゾロは瞳を閉じてその誘惑に逆らう事無く身を委ねたのだった。
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