選択肢は二つ。どちらかを選べばもう戻れない、引き返せない。待ったナシ。

 究極の選択。

  ―――――――さあ、選んで?

 

君との出会い 君への想い <side S> 


 初めてアイツを見た時は、別になんとも思わなかった。

 それより、アイツと同じテーブルに座っていた美しい彼女に夢中で。同じ位の年の

癖に腹巻なんてしてダッセェ奴、って位。

 俺の視界は美しいレディ達にしか色は付いてなくて、あいつの髪の色が何色かなんて、瞳の色が何色かなんて気にしなかった。っつーか、色なんて付いてなかった。

 けれど―――。

「剣士として最強を目指すと決めた時から、命なんてとうに捨ててる。この俺を馬鹿と呼んでいいのは、それを決めた俺だけだ。」

・・・・アレ?

何だか偉そうに、誇らしそうに言い放ったアイツに初めて目がいって。

何だかムカついた。

やっぱりアイツには色は付いてなくて。白黒のくせに威張って変な奴。けど何でだろ、胸がザワザワする。

 

「俺の野望ゆえ。そして親友との約束の為だ。」

「ここを一歩でも退いちまったら・・・もう二度とこの場所へ帰って来れねぇような気がする。」

「背中の傷は、剣士の恥だ。」

 

 白黒のまま、ニヤリと笑いながら鷹の目とか言う剣士に斬られたアイツから吹き出した血は―――突然俺の視界で真っ赤な色をしていた。

「簡単だろ!!!野望捨てるくらい!!!」

 叫んだ俺の目に、アイツは紅だけでなく、鮮やかな色を纏っていた。

 

 ――――あァ。髪、緑色なのか・・・。瞳も翡翠色だ。涙も透明で、綺麗だな・・・。

 目の前の衝撃に動揺する心とは別に、ボンヤリとそう思っている自分がいた。

 クソゴムの我儘と、バラティエのクソ野郎共に肩押しされる形で同行を決めた俺だが、本当は。

 あの鮮やかな色を持つアイツが気になって。あの真っ直ぐな生き様に憧れるような気持ちがあって。アイツの生き様を見届けたいと思って、同行したんだ。

 ――――それなのに!!!

 

 アイツは只の寝腐れマリモだった・・・・。

 

 いや、ココヤシ村でのアイツはやっぱり真っ直ぐで。普通なら死んでいる筈の傷で、それでも強い光を持った瞳から目が離せなかった。胸のザワザワはずっと消えなくて、

アイツと並んで戦っていくのも悪くねぇと思ったのに。

 畜生。俺の純粋な感動を返しやがれ!

 

 船でのアイツは、役立たずでしかねぇ。嵐に巻き込まれても甲板で寝てやがって、走り回ってやっと嵐を越えた俺達に投げ付けやがったクソゼリフ。

 テメェ、どんだけ寝汚ねぇんだ!

メシの時間にも起きてこねぇ。やっと起きたかと思えば「メシ」の一言。わざわざこの俺様が作り直してやっても、感謝の一言もねぇ。しかも短気で、俺が(野郎になんて、これっぽっちも興味のないこの俺が!)せっかく話しかけてやっても、すぐにキレて刀を抜いてくる。 とにかくムカつく。

前に感じた胸のザワザワは、こーゆームカつきっつーか、気が合わねぇってことだったんだろう。

 あァもう、こいつの生き様なんかどうでもいい。レディ達に使うべき時間を、少しでもこんなクソマリモに割いてたなんて、ラブコックの名を持つ俺の恥だ。

 俺はオールブルーを見付ける為に、テメェなんざほっぽって進むぜ。マリモはマリモらしく水ん中で浮き沈みしてな。

 甲板で光合成している頭に向かって、そう心の中で吐き捨てた台詞に何だかスッキリした。 

スッキリはしたが、ムカつく奴なのは変わらなくて、近寄れば喧嘩ばかりだった。

 今日も今日とて、ビビちゃんをアラバスタへ送り届ける途中の島で、口喧嘩から狩り勝負へ発展していく。

 デッケェ獲物仕留めて満足して、変な建物見つけて、変な電話受けて、変な動物蹴り倒して。やっと皆と合流したと思ったら、ナミさんは刺激的な格好をしていて。(あぁ!そんな君も素敵だ!)メロメロになってた俺の目に飛び込んできたのは、いつか見た鮮やかな紅。

 

 ――――え?何だよ、それ。何で、んな大怪我してる訳?大体それ、刀傷だろ?

 

 ぐるぐる回る頭を必死で落ち着かせようとして、クソ剣士を見ると、ヘラヘラ笑ってた。

「ナ、ナミさん。アイツの足・・・・何?」

 恐る恐る傍に居た彼女に問い掛けると、心底呆れた顔をして、クソ剣士を見ながら答えてくれた内容に、俺は絶句するしかなかった。

「アタシもビビもアイツも、蝋で足を固められてて動けなかったの。アイツ、自分で足を斬り落として戦うつもりだったのよ。・・・多分、足半分はイってるわ。」

 足半分って、イテェだろ?流れてる紅が半端じゃねぇよ。何でそんなヘラヘラ笑ってんだよ。

 ――――あァ、まただ。胸がザワザワする。ムカついてんのとは別みたいな。何なんだよ、これ。クソッ。

 そんな足で、アイツは平然とした顔のまま、船まで自分で歩いて帰っていった。しかも、途中で自分が仕留めた獲物も引き摺って来た。化け物か。

 

 残念ながら狩り勝負ははっきりと付かなかったが、大食いの船長を養える程の肉も手に入ったし、巨人達のおかげで化け物魚の腹からも飛び出した。無事航路に戻れた俺達は、早速手に入った肉で宴会を始めた。

 宴会は夜中まで続き、レディ達は俺の改心のデザートに美味しかった、と天使の微笑を見せて女部屋へと戻る。満腹で幸せそうに眠る船長と狙撃手を男部屋に放り込み、後片付けをする前に一服するかと甲板へ出た俺の目に、床に座り酒を飲んでいるマリモが映った。

「よう、マリモくん。怪我ァしてんのに、酒なんて飲んで良いのか。」

 カチリと煙草に火を点けてニヤニヤと近寄る俺に、面倒臭そうにチラリと視線を寄越す。

「大した怪我じゃねぇ。酒飲んで寝りゃァ治る。」

 そう言って、又ぐいっと酒を呷る。飲み込む毎に上下する喉元に、何故だか目がいった。

 ゴクリ、ゴクリと動く喉。なんか、色っぽいなぁ・・・とボンヤリと思った。

 

 ―――って、はぁ!? 色っぽいってオイオイ。こいつは男だ。しかもマリモだ。俺は何考えちゃってんの。 いやいや、待て待て待て。男に色っぽいはねぇだろ。あァそうだ。俺も酒飲んだんだ。あれだ、ほら。俺も酔っちゃってるんだな、うん。やべェな。もうちょっと酒控えりゃ良かったかな。

 動揺する心を何とか落ち着けようと、頬をペシペシ叩き深呼吸する。そんな俺を、クソマリモは胡散臭そうに見ていた。また一口、酒を呷ってにやりと笑う。

「何やってんだ、エロコック。そのグル眉と同じに、脳味噌もグルグルか。」

 カッチィ〜〜〜ン! なんってムカつく奴!!

「あァ!?ぐるぐるする脳味噌も持たねェマリモに言われたくねェよ!テメェと違って俺様は繊細なんだよ!本能と脊髄反射だけで生きてる奴にゃあ、わっかんねぇだろうがな!こんのクソ剣士!」

「っだとぉ!?其れこそ、エロ成分だけで生きてる奴には言われたくねェな!」

 ムカつくままに怒鳴った言葉に、いつも通り青筋立てて怒鳴り返してくる。そんな時のアイツは、鋭い瞳と冷静な表情の剣士としての顔なんて欠片も無くて、19歳っつー歳が似合う、そんな感じだった。

 そういや、今まで俺の近くには同じ位の年の奴なんていなくて、こんな馬鹿馬鹿しい口喧嘩なんてしたこと無かった。

「エロ成分だァ!?馬鹿が。俺のは深い愛情っつーんだよ!獣には高等すぎるか?あァ!?」

「――――っ。テッメェ・・・。やんのか!?」

 ヒートアップしてきた口喧嘩に、酒を床に置き、マリモがガバリと立ち上がる。一歩踏み出したアイツが、一瞬ピクリと眉を顰めたのに気付いて・・・・しまった。

 

 今は白い包帯に捲かれている、真っ赤だった、足首。

 

「・・・・獣だよ。お前。」

 胸がザワザワする。初めて感じた時から段々大きくなっているザワザワに、何だか息苦しい気がして、左手で自分の胸元のシャツをぎゅっと掴んだ。

 そんな動作も、ザワザワを抑えるのには何の役にも立たなくて。銜えていた煙草のフィルターをぎり、と噛み締め俯く。

 視界の端に立ち上がったアイツの爪先が映る。何時もなら、やってやらぁと怒鳴り乱闘になっていたのに、動くことが出来ない。

 

 何時までも黙って立っている俺をどう思ったのか、軽い溜息が聞こえて、俺の視界から爪先が消えた。其の事に何となく慌てて顔を上げると、最初と同じように床に座り込んだマリモがいた。

 暗闇の中でも鮮やかに光る翡翠色の瞳が、じっと見つめてくる。少し薄い、けれど形の良い唇がゆっくりと動いた。

「――――俺に、何か言いたいことがあんのか?」

 低くてよく通る声が穏やかに聞いてくる。その声に導かれる様に俺も口を開く。

「テメェでテメェの足斬ろうなんて、ほんと、バッカじゃねぇの。」

「それで?」

「足、斬り落としたら歩けねぇよ。戦えねぇだろ。イテェだろ!?」

「問題ねぇ。」

「あるよ!問題ありまくりだろ!どんだけ馬鹿なんだテメェ!!最強目指してんだろ!足が無きゃ最強なんて掴めるか!ほんと、大馬鹿野郎だ!!」

 寝腐れマリモのくせに。変な所ばっかり意地張って、周りの迷惑も考えろ。一回ぐらい俺のメシを美味いとか言えねェのか。

 だんだん自分でも何が言いたいのか分からなくなって、けど口は止まらなくて、思い付くままに相手に向かって叫んだ。アイツは目を逸らさずに、真っ直ぐ俺を見つめていた。

 その姿が不意に歪んだ気がして、慌てて目をごしごしと擦る。それがきっかけとなって、言葉が切れた。息を切らしながら相手を睨んでやる。

 

 どの位そうやって睨み合っただろうか。ゆっくりとクソ剣士が口を開いた。

「前にも言ったと思うが・・・。俺の戦い方は俺だけが決める。最強を目指すと決めた時からとうに命を捨ててるんだ。足ぐらいなんだってんだ。俺が決めた生き方だ。その道を歩くのも俺だけだ。俺を馬鹿と呼んでいいのは俺だけだ。」

 迷いの無い真っ直ぐな瞳。俺を見ている筈なのに、その目に俺は映っていない。ただひたすらに前を。前だけを。

 

 ザワザワは最高潮で、今にも胸を突き破りそうだった。

―――オイテ、イクノカ――――

 誰も隣を歩かせないのか。この美しい孤高の獣は。

 ―――そんなの、許さねェ。

 

「フザケんな。その最強目指す為の身体、誰が作ってると思ってやがる。この一流コック様だぞ。俺の料理で作られた血を無駄に流す奴に、文句言う権利があんだよ。だから・・・・」

 ろくに吸いもしないまま短くなった煙草を最後に一息吸い、紫煙を吐き出すと同時に、ニヤリと笑ってやる。

「俺にも言う権利があるね。」

 バーカ、と呟いてやると、途端クソ剣士は嫌そうな顔をした。それで何だか勝った様な気になり、クックッと笑いながら奴の傍に近寄ってしゃがむ。そっと包帯の捲かれた足首に触れて、又、バーカと呟いてやった。

 そんな俺の行動を奴は不思議そうに見やり、視線を夜空の星に向け、次に甲板に向け、何やら悩んでいる様子だ。暫く眉を寄せてから、ふと俺を見つめる。

 今度はその目にきちんと俺が映っていて、何となく満足した。

「おい、クソコック。」

「あァ?」

「結局何なんだよ、お前。俺の心配でもしてんのか?」

「―――――は?」

 

 何を言い出したんだ。寝過ぎて脳が溶けちまったのか?誰が心配なんかするか。ただ俺は、胸に溜まってるザワザワを如何にかしたくて。たった一人で前に進もうとする奴がムカついて。こいつの目に俺を映してやりたくて。 それで。

 あれ、これって心配してるってゆーんだっけ?

 

 今度は俺が、上へ下へとウロウロ視線を漂わせる羽目になった。

「へーえ。」

 そんな俺を見て、次はクソ剣士がニヤニヤ笑う番だった。床に置いた、まだ酒が残っている瓶を持ち上げ、直接口をつけてゴクリと飲む。その様子を見て、やっぱり色っぽいなと思った。

 

 綺麗な綺麗な孤高の獣。バラテェエで原始の森で見た鮮やかな紅が、頭から離れない。少し珍しい緑色の髪から、曇りの無い翡翠色の瞳から、目が離せない。

「どうした、エロコック。エロ成分が切れて壊れたか。」

 こんなに綺麗なのにムカつく言葉しか吐かない唇。

 ―――あァ、神様。アンタは今、俺の前にとんでもない選択肢を並べてくれやがった。

 

今ここでコイツを蹴り倒さないと、愛するしかない。

 

 当然、レディ至上主義の俺が選ぶのは前者だ!そう思い、実際蹴り入れてやろうと立ち上がった俺の耳に飛び込んできた言葉は。

 

「別に血が流れても良いんだよ。無駄な血じゃねぇし。減ってもテメェの美味いメシで作ってくれんだろ?俺の血と身体をよ。」

 

 別に揶揄するようでもなく、当然の様に言い切った奴は。

 あァもう。俺の中でもうずっと白黒じゃなく、鮮やかな色彩を放っていたことに気付いたんだ。

 

 

 選択肢は二つ。どちらかを選べばもう戻れない、引き返せない。待ったナシ。

 究極の選択。

 今ここで蹴り倒さないと、愛するしかない。

 

 

 蹴りを放つつもりだった足は、床に縫い取られたまま動かせなかった。 

 一人で進ませたくない。共に歩いて見届けたいんだ。最悪な方を選んでしまった。

 

「当然だ。クソ美味いメシで作ってやるさ、お前の身体。―――覚悟しろよ?」

 最後の言葉の意味が分からなかったのか、軽く首を傾げる奴にニヤリと笑ってやる。

 そう、俺は選んじまったんだ。選ばせたのはお前だ。

 腹、括れよな ――――ゾロ?                  

                                                   END



初めて書いたサンジ兄やん。なんてゆーか、もっとヘタレちっくなイメージで書いたはずだったんだけど・・・。あれ?
でもやっぱり、ゾロの生き方はサンジには衝撃的だったと思うんですよね。
ゾロサイドもあるので宜しければどうぞ〜

では、最後まで読んでくださって有難うございました!

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