選択肢は二つ。どちらかを選べばもう戻れない、引き返せない。待ったナシ。
究極の選択。
―――――さあ、選んで?
君との出会い 君への想い<side Z>
初めて奴を見たとき、何か軟派な男だと思った。
ナミの奴にデレデレして、良い様に言い包められてた。その後も店に来る女の客全部に声を掛けて、ある意味まめな奴だなと呆れながらも感心しちまったもんだ。
けど段々、なんかムカつく奴だとも思った。ルフィが、俺が、野望への道を、其の為の心を話す毎に卑屈な表情を見せやがって。
何か夢を持っているみたいだったのにどこかで諦めている様な、そんな卑屈な顔。んな奴に馬鹿呼ばわりされる謂れはねェ。 だから言ってやった。
「剣士として最強を目指すと決めた時から、命なんてとうに捨ててる。この俺を馬鹿と呼んでいいのは、それを決めた俺だけだ」
そうしたら又、あの卑屈な顔を見せてきた。
ほんっとムカつく奴だと思ったが、それ所じゃ無くなっちまった。途中で来た海賊なんざどうでも良いが、鷹の目。アイツがいたんだ。
俺の目指す先。越えないといけない壁。親友との約束を。
――――なのに。
そんな筈ねェ。世界がこんなに遠いなんて嘘だ。こんなに手を伸ばしても届かねェなんて。
左胸に玩具のナイフの様な刃が沈む。自分の鼓動が、やけに頭の中に響く。
俺の後ろは底の無い闇が広がっていて、後一歩下がってそれに触れてしまうともう最後だと思った。もうこの場所に戻って来れねェ様な、そんな気が。
「それが、敗北だ」
敗ける?俺が?なら、下がらねェ。ルフィ、くいな。――――俺は。ここで退く位なら。
「死んだ方が、マシだ」
剣士として。俺は、俺の野望と、信じる道の為に。死ぬとしても、背中は見せねェ。
俺の左胸から右の脇腹へと黒刃が流れていく。不思議と痛みは感じなかった。ただ、傷が背中に付かなかった事に満足した。
斬られた衝撃で仰け反る俺の耳に、卑屈な声が届く。
「簡単だろ!!!野望捨てるくらい!!!」
海に沈む瞬間、俺の目に映ったのは、陽に煌めく金色の髪と、海と同じ、けどそれよりも激しい波が荒れている蒼い瞳。
人の事、馬鹿だと言いやがった癖に。テメェの方がよっぽど馬鹿だ。野望を捨てたら、俺は俺じゃ無くなるだろ。親友との約束も嘘になる。んな事出来るかよ。
なァ、くいな。退く位なら死んだ方がマシだと思ったことに嘘はねェ。けど、お前に名が届く前に死ぬ俺を、お前は許してくれるか?
ゆっくりと伸ばした手の先で、揺らめく海面に映った陽の光がキラキラと踊る。光に手は届かず、暗い底へと沈んでいく。
届かない光が、あの約束をした月夜、真っ直ぐに俺を見つめる親友の強い瞳と。何故か、卑屈な声で叫んだ男の髪の色と。
重なって見えて、笑えた。
―――何笑ってるのよ。馬鹿ねェ、ゾロ。
(くいな?)
―――あんたが死ぬわけ無い。前しか見てない約束馬鹿のあんたがさ。それ位の傷であんたの信念が折れるわけ、無い。
(あァ・・・そうだな。お前との約束、破るわけにゃいかねェなぁ。けどよ。世界は結構遠くてさ。ちっと時間が掛かりそうなんだが、待っててくれるか?)
―――いいよ。あたしの時間は沢山ある。あんたの名前が届くまで此処に居るから。
(すまねェな。必ず。『約束』だ。)
―――さあ、目を開けて。あんたの道はまだ続いてる。あんたの信念を伝えたい人が居るでしょう?
(伝えたい、人?)
―――さあ、ゾロ!!
目を開けると其処に映ったのは海の中を揺らめく光ではなく、空に輝く太陽で。死ななかったのかとボンヤリと思う。同時にくいなの言葉を思い出した。
信念を伝えたい、人。意味が分からねェ・・・。信念なんてわざわざ人に伝えるもんでもねェだろ。
ああ、でも。海賊王になると言った男へ、もう一度約束を。
「・・・ル・・ルフィ・・?・・聞・・コえ・・るか?」
もう、二度と敗けねェから。
涙が溢れる。世界へ届かなかった俺の不甲斐無さと、今でも俺の背を押してくれる親友への想いが痛くて。後ろは見ない。
俺は前へ。前だけへ。
後のごたごたはルフィに任せて、ジョニー達とナミを追うことにした俺の視界の端で、何かがきらりと光った。目をやると黒いスーツのあの男が居た。金色の髪は陽に反射して綺麗なのに、卑屈な表情は変わらなくて。
やっぱり、ムカつく奴だと思った。
二度目に会ったアイツは、この船のコックになったと言った。ルフィが強引に仲間にしてきたらしい。元々コックの仲間を探していた訳だし、あの後何があったのか知らないが、卑屈な表情は無くなっていて何となくホッとした。
軟派な所は変わってなかったが。ムカつく奴だってのも変わってなかったが。
まァ戦闘力はわりとあって、卑屈な表情を作っていた迷いが無くなった為か、コックの命と言った手を使わず、その足で敵を蹴り倒していく動きは綺麗だと思った。
胸の傷からくる熱の為か朦朧とする頭で、ルフィの両翼としてコイツと並んで戦うのも悪く無ェと考えたりもした。
―――それなのに。
船でのアイツはただのエロコックで、ムカつくだけの奴だった・・・。
まず、ナミに対しての過剰な反応。目も煙草の煙までハートの形にして(それはそれで器用だと感心もしたが)耳が腐り落ちそうな言葉を並べ立て、ウザイ。そうかと思うと時間通りに飯に来いだの何だのと口煩い。いちいち俺の言葉に突っ掛かって来やがって面倒臭い。本気の遣り合いになる事もしょっちゅうで、気が合わない奴ってのは本当に居るもんだと思った。
ただ、メシは確かに美味かった。エロコックではあるが料理に対しての信念が真っ直ぐに伝わってくる。誇りを持って作っているんだ、不味い訳が無い。わざわざ美味いなんて伝える必要は無いだろう?分りきっている事だ。だから黙って食べる俺に、何度もちらちらと視線を寄越してくる奴が、やっぱりウザイとうんざりした。
なぁ、くいな。信念はこうやって生きていく中で感じ取ることが出来る。わざわざ言葉にして誰か一人に伝えるもんじゃねぇよ。
俺の考えは間違ってねェと思った。 けど。
それだけじゃ足りねぇ奴も居るってことを知ることとなる。
リトルガーデンで俺は又、自分の未熟さを痛感した。俺がもっと強ければ、ナミやビビがロウ野郎に捕まることは無かった。足首から下は固められ動くことが出来ない。
こんな所で二人を死なす訳にはいかねぇ。蝋が斬れないなら、自分の足を斬れば良い。ちっとは動き難いだろうが、足が自由になれば戦える。
もう敗ける訳にはいかない俺がそう決断することは、極自然なことだった。実際足を斬ったが、完全に自由になる前にウソップ達のおかげで事なきを得た。
戦う毎に、傷を負う毎に、俺は自分の弱点を知る。それを克服する為の道が開ける。其れで良いと思っているし、そういった道しか選べない。
だから事が終わったときも、足の痛みより又一つ開いた道を進む事に夢中だった。クソコックが俺の足から流れる血を見て何やら動揺していた様に見えたが、別に気にする程でもないと思いほっといた。ただ、海の様な蒼い瞳がゆらゆらと揺れているのが、妙に頭の隅の方にこびり付いて何となく苛々した。
島を出て済崩しに宴会となった時、女達へデレデレと世話を焼いたり、ルフィ達へ怒鳴ったりと忙しそうなコックの目は、澄んだ蒼で揺れていなくてホッとした。
相変わらずメシは美味くて満足する。山ほどあった料理が無くなる頃には女達は部屋へと戻り、ルフィとウソップは寝こけてコックに男部屋へと放り込まれた。
俺は何となく寝る気分じゃなくて、甲板へ座り月を肴に酒を呷る。綺麗な月と旨い酒に満足してボンヤリとしていると、コツコツと硬い足音が耳に届いてきた。
「よう、マリモくん。ケガぁしてんのに、酒なんて飲んで良いのか」
薄暗い空間に小さな火が灯り、何時もの様に煙草を銜えたコックが近付いて来る。口元はニヤニヤと笑っている癖に、目は又ゆらゆらと揺れた蒼色をしていて、心底面倒臭いと思った。
「大した怪我じゃねぇ。酒飲んで寝りゃぁ治る」
せっかくの酒が不味くなる前に適当にあしらっとけ。
ぞんざいに答え又酒を飲む俺をじっと見ていたコックは、いきなり自分の顔を叩き、深呼吸を始めた。
何々だ。変な奴と思ってたが本当に変になったか?
だが、いつもと違う行動が可笑しくて笑えてくる。
「何やってんだ、エロコック。そのグル眉と同じに脳味噌もグルグルか?」
そう言ってやると、いつもの喧嘩腰が戻ってきた。
自分でも馬鹿馬鹿しいと思うような言い合いだが、そういえば村を出てからこんな風に口喧嘩をすることなんて無かった。
まぁ、結局はブチ切れて口喧嘩から乱闘へと移っていくんだが。
「―――っ。テッメェ・・・。やんのか!?」
今日もそうなると思っていた。酒を床に置き、刀に手を遣りながら勢いをつけて立ち上がる。一歩踏み出した足首に、鈍い痛みが走った。
ちっ。忘れてた。思わず眉に力が入ってしまったらしい。コックの表情が一瞬で変わる。気付かれたか。まずったな・・・・。
「・・・獣だよ、お前」
そう呟き、左手で自分の胸元を掴み俯くコックの金色の髪が、月の光を反射して輝く。今は見えない瞳は、きっと又ゆらゆらと不安定な蒼色をしているだろう。思い出して苛々する。
――――伝えたい人が、いるでしょう?
親友の声が蘇る。
あぁ。伝えたいっつーか・・・。このアホコックは言葉で伝えないと足んねぇんだ。軽く溜息をつき一歩下がって元の場所に座り込むと、何か慌てた様に顔を上げたコックの瞳をじっと見つめる。やっぱりゆらゆら揺れてたそれは、しかし月の光を映してたゆたう海の様な深い蒼で、苛々もするが綺麗な色だとも思った。揺れる色が無くなればもっと綺麗な色なんだろうか。そんな事が気になって口を開く。
「――――俺に、何か言いたいことがあんのか?」
ゆっくりと聞くと、ようやくポツリと答えてきた。
「テメェでテメェの足斬ろうなんて、ほんと、バッカじゃねぇの」
―――バカってゆーな。「それで?」
「足、斬り落としたら歩けねぇよ。戦えねぇだろ。イテェだろ!?」
―――痛てぇさ。けど、戦える。「問題ねぇ」
「あるよ!問題ありまくりだろ!どんだけ馬鹿なんだテメェ!!最強目指してんだろ!足が無きゃ最強なんて掴めるか!ほんと、大馬鹿野郎だ!!」
だから、馬鹿馬鹿言うなっつーんだよ。全く。アホコックの文句は段々論点がずれて、一回位奴のメシを美味いとか言ってみろだのほざき始めた。
ほらな。やっぱりコイツは言葉で伝えねぇと足んねぇんだ。
やっと言葉が途切れたコックの瞳を見つめる。言葉で伝えて、コイツの瞳がもっと綺麗な色へとなるなら。
一回だけなら伝えてやっても良いか。
「前にも言ったと思うが・・・。俺の戦い方は俺だけが決める。最強を目指すと決めた時からとうに命を捨ててるんだ。足ぐらいなんだってんだ。俺が決めた生き方だ。その道を歩くのも俺だけだ。俺を馬鹿と呼んでいいのは俺だけだ。」
遠すぎる場所にいる親友の元へ俺の名を届ける為に。
だからお前が馬鹿っつーなってんだ。分かったか、アホコック。
「フザケんな。その最強目指す為の身体、誰が作ってると思ってやがる。この一流コック様だぞ。俺の料理で作られた血を無駄に流す奴に、文句言う権利があんだよ。だから・・・・俺にも言う権利があるね」
バーカ。
せっかく伝えたのに、アホコックはやっぱり阿呆だ。分かってねぇ。言うなと言った言葉を繰り返しやがった。すんげぇムカついたが、短くなった煙草を深く吸い、煙を吐き出すと同時ににやりと笑ったコックの瞳は。
俺をイラつかせる揺らめきは無く、想像していたよりももっと。月光を反射する海よりももっと。綺麗で吸い込まれそうな蒼をしていた。
そのことには満足した。けど、アホさ加減にムカつく。
あぁ。ここでコイツを斬り伏せないと、愛するしかない。
突然俺の中に、訳の分からない選択肢が浮ぶ。
何でその二つなのか分からねぇが、妙に勝ち誇った様子で近寄ってくるグル眉の笑顔がムカついて、ま、こりゃ前者だな、と座ったまま刀へ手を伸ばそうとしたその時。
コックの手が、そっと俺の包帯の巻かれた足首へ触れてくる。再び、バーカと呟いた声音は存外、優しい響きを持っていて。伸ばした俺の手は目的の物へ届くことは無かった。
動かなかった自分の手の意味が、コックの手と声の優しさの意味が。よく分からなくて、夜空へ甲板へと視線を泳がせる。
ふと、月と同じ色の髪へ目が留まる。真っ直ぐに俺を見つめてくる蒼い瞳。
あぁ、そうか。俺は選んじまったんだな。最悪だ。
・・・・けど、一人で選ぶなんてなんか面白く無ぇ。エロコック。テメェも巻き添えだ。
「おい、クソコック。」
「あァ?」
「結局何なんだよ、お前。俺の心配でもしてんのか?」
「―――――は?」
間抜けな声を出したコックがウロウロと視線を漂わせるのが、なんだか楽しかった。
「どうした、エロコック。エロ成分が切れて壊れたか。」
楽しくて仕方が無い。
選択肢は二つ。どちらかを選べばもう戻れない、引き返せない。待ったナシ。
究極の選択。
今ここで斬り伏せないと、愛するしかない。
あァ、俺は選んだ。俺の道は俺しか歩かねぇ。けど。
真っ直ぐに見つめる、海よりも深く綺麗な蒼い瞳が欲しいんだ。だから、お前も同じ選択をするように言葉を伝えるよ。
「別に血が流れても良いんだよ。無駄な血じゃねぇし。減ってもテメェの美味いメシで作ってくれんだろ?俺の血と身体をよ。」
それに対するアイツの言葉は。
「当然だ。クソ美味いメシで作ってやるさ、お前の身体。―――覚悟しろよ?」
最後の言葉の意味は良く分からなかった。選んだ時から覚悟は決まってる。
けど、そう言ったアイツの顔は俺が望んだもので。同じ選択をしたんだと満足した。
テメェこそ、覚悟しろよな ――――サンジ?
END
と、言うことでゾロサイドでした。
おっかしいな・・・もっと天然な予定だったのに・・・・。
なんか・・・確信犯?
最後までゾロにサンジの名前を呼ばせるか悩みました(笑
だって、ねぇ?まだ原作では呼んでないしねぇ?
でも結局口に出してないからいいかなと(笑
では、最後まで読んでくださって有難うございました!!
TOPへ side Sへ